187人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
そう言って女性――ベルは、やれやれと小さなため息を吐いた。
まるで聞き分けのない子供を見るような眼差しに、リントと呼ばれた男性は鼻を鳴らす。
「それに、ツケだって回って来ているだろ。
時計を見てみろよ、もう昼をとっくに過ぎてるんだぜ?」
くしゃくしゃとサンドイッチの包み紙を丸めて、リントは苛立ったように言う。
「進行が予定より遅れている。この調子じゃ夕刻前の〝祭〟に間に合わない。
『御者がトロい未熟者だから遅刻しました』なんて、笑い話にもならないだろうが」
「ああ、それを気にしていたんですか」
むっ、とリントは顔をしかめた。ゴーグルの下の表情には、微かな困惑の色も滲み出ている。
「『気にしていたんですか』って、なにをそんなのんびりと……。
おい、ベル。〝祭〟は一年の内に決まった時期の一度きりなんだろ? ここまで来て無駄足踏むのは嫌だぞ、俺は」
不機嫌にそう言ってやるが、ベルはくすくすと笑うばかりだ。
なにが可笑しいのだ、と客室の方にリントが振り向くのと同時、胸の前で指を一本立てた彼女が、形のいい唇を開いた。
最初のコメントを投稿しよう!