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両の頬はうっすらと紅潮し、細まった瞳はなんとも幸せそうだ。だらしなく口元も緩んでいる。
果実が発する、甘く、爽やかな香り。小麦が焼ける芳ばしいものや、チーズのとろける匂いなど、そこに立っているだけで腹の虫が鳴き止まない。
(実りの町、か……)
なるほど、とごついゴーグルを首からぶら下げたリントは、辺りの露店を見渡しつつ、知らず内に喉をごくりと鳴らす。
この十日間、ひたすらに馬を走らせ、質素な食事を強いられてきた彼らにとってこの光景は、まさしく宝の山だった。
必要以上に輝いて見える食料の山々に、いますぐにでも飛び込みたい衝動がうずうずと沸き上がってくるのだが、
「い、いや。まずは町の中心部まで行くぞ、ベル」
ぶんぶんと首をやや大げさに振って、ベルの肩を軽く叩く。
うぐぅ……、となにやら訳の分からない呻き声を上げている彼女に、リントは続けて言ってやる。
「この町の〝正典<カノン>〟を調べるんだろ? だったらこんなところで道草食ってる場合じゃねえぞ」
「わたしが食べたいのは草じゃなくて、あそこで焼いてるパンケーキなんですけど……ああ、あんなにたっぷりと蜂蜜がかかって……!」
「……涎を拭けよ間抜け」
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