神の代わりに

8/10
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
「朱鷺色の7137505番ストレーナー目詰まり、朽葉色の1756482番収水タービン劣化、躑躅色109870番フレキパイプ劣化による破損…」  時間の概念に疎くなってしまった生物にとってはとるに足らないことだが、時の経過とともに、生物の地下王国も変容していった。地下水は目減りし、水をくみ上げるためにより地下深くにパイプを通すことが惰性で繰り返され、地下は無数のパイプによる密林と化していた。地下王国が複雑化するのは生物にとって歓迎すべきことで、パイプにわざと身体をぶつけたり、パイプ間の狭い間を通り抜けたりして少しだけ魂を喜ばせていた。 「女神ララ・キドル・ニャイ様どうか、今日も私が無事仕事を終えてあの子たちにめしをしっかり食わせてあげられますように」カポック綿のしっかり詰まった灰色のユニフォームを着て、命綱を腰に巻き鎖梯子を伝って女性が降りてきた。口にくわえた電灯の明かりで破損箇所をチェックしていく。 地下水脈をくみ上げるパイプはイザベラの生命線であり、その設置、維持、管理は女神を崇拝する貧困層が担っていた。都市においてもっとも重要で誇り高い仕事とされているがその内実は子供を抱えた寡婦など貧困層のなかでもさらにハンディキャップを持った者が作業を担っている。彼女がまさにそうだった。  イザベラの民は宗教闘争がないことでもわかるように、砂漠の民にしては例外的に平和を愛する人々である。衝突や摩擦、刺激を嫌い、安定と秩序を一貫して好む。その我慾の唯一の発露が風車であり、それを露わにすることは、実は彼らの歪な理性の発露であり、旅人が感じる醜悪さや侮蔑感、異質感は民達にとって折込ずみの心理状況だった。風車は悪徳の塔であり、また秩序の守護天使でもあった。  逆にいえば平和と秩序を愛する民はその分ストレスに弱い。地下世界に降りることは強い不安を生じることだった。この母である人間は強い覚悟と家族への愛情を秘めて地下に来ている。どんな時代、どんな場所であっても母は強い。   
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!