1539人が本棚に入れています
本棚に追加
/1486ページ
ある夏の日。
周囲を山に囲まれたその盆地は、田園風景が広がる緑一面の光景だった。
湿度の強い真夏の風は、緑の木々や葉を揺らし少女の頬を激しく打ち付ける。
艶やかな黒髪は、風に煽られ中空に舞い上がり靡いている。
少女の名は、本間 歌津美。
母方の実家にお盆で帰省し、大人達のつまらない会話から避難し、外の田んぼの前に佇んでいる。
視界の中にはビルどころか、建物らしい建造物などひとつも無い。
母親の祖母の家以外、田畑しか無いのでは無いかとさえ思う。
勿論、コンビニなど無い。
「歌津美。どこに行ったの、歌津美ぃ」
歌津美の母の声は辺りの山に響き渡り、山彦となって少女の耳に飛び込んでくる。
都会の我が家なら煩いだけだが、これだけ誰もいなければ特に気にもならない。
そして歌津美は、こっちの方が好きだった。
煩わしい人間関係やゴミゴミした雑踏よりも、何も考えずにシンプルな自分でいる事が出来るからだ。
家族旅行に行かずとも、祖母の家になら喜んで同行する。
最初のコメントを投稿しよう!