第2章 望月の君

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「「「「「密使!?」」」」」 朝から刺激の強すぎる恵比寿屋の言葉に幹部たちは思わず前のめりになった。 密使。 身分の高いさる人物から派遣される、内々の使者。 密使が来るということには何らかの大きな動きが背景にある場合が多い。 この月の二日、新撰組は将軍家茂公警護のため下坂している。 よもやその働きに何か問題でもあったのか。 「さる御方、とはどなたかとは口が裂けても申し上げられませんが。」 緊張感を増す幹部を後目に恵比寿屋はことりと微笑んだ。 「密使、と申しましてもそこまで仰々しいものではございません。ただただ新撰組の皆様のお役に立ってこいと、使わされただけなのでございますから。」 あくまでも新撰組を糾弾したり取り調べにやってきたのではないということを強調する。 しかし急にやってきた密使の信頼はいかほどか。 しん、とした静寂が部屋に流れる。 「ただ」 凛とした声が響く。 その絹糸の張ったかのような声に土方ははっと顔をあげ、その変化に目を見張った。 恵比寿屋の顔はおどけているときとは違った美しさをまとっていた。 笑顔がほころぶ花のようなら、真剣なまなざしをしている今はまるで冴え冴えとした月のようであった。 黒い水晶のような瞳が土方をまっすぐに射る。 あまりにもぶれない視線から目を離すことができなかった。 「私は、必ずやお役にたちますよ」 (なんて目ぇしやがんだ・・・) 一瞬だが。 恵比寿屋からは風体にそぐわないほどの殺気、冷気、熱気・・・ それらが混じったものを感じたのだ。 まるで熟れた満月のような。 あやしい大きな何かを。 数多の修羅場を駆け抜けた土方をそっと身震いさせる程に。 「・・・いいだろう」 相変わらずしかめていた眉をほどきもせずに土方が立ち上がった。 「恵比寿屋、てめえを監察方に任用する。」 「え、え、!?ひ、土方さんいいの!?」 「いや、たしかに美人さんだけどよお、怪しすぎね!?」 「左之、平助、おまえらは黙ってろ!!近藤さんかまわねえか?」 急に立ち上がった土方を見上げて近藤は相変わらず穏やかに微笑んだ。 「ああ、かまわない。もとより俺はそのつもりだったし・・・お前が納得してくれたようでよかったよ」 ほっとしたように座っている恵比寿屋にもその言葉は意外なものであったようで、きょとんとした目で近藤を観た。 先ほどのすさまじい気はもうひとかけらも残っていない。
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