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「その件は…」
(あ………?)
一瞬覗きがばれたような罪悪感もなんのその。携帯で話し続ける芳野は有賀に向かって目元を叩くと、自分が今までいた場所。風呂場がある方を指差した事に首を傾げた。
(………もしかして)
そこで座っている方が色々と疲れると判断して、素直に風呂場に向かえば…。
「あった、あった」
持ち主に忘れられた黒縁の眼鏡が、ぽつんと本人が用意していただろう服と一緒に有賀が組み立てた棚に所在なさ気に置いたままだった。
「なるほど…」
何故これだけ忘れたのかという疑問は、壁越しから聞こえる騒がしい音ですぐ解消された。
何しろ家賃が安いだけで選んだ古いアパート。そんな部屋だ、もちろん防音加工などなく。特に風呂場は壁が薄いらしく隣に住む大学生とその友達同士が騒ぐ音が筒抜けで、こんな場所では電話に、まして仕事の電話には出る訳にはいかない。これであんな中途半端な姿の答えが出る。
「ぷっ…はは」
着替えも疎かに慌てて出て来たのかと思うと、その縁に触れる指が自然に揺れた。
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