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「ワシは東京へ出て、ビッグな男になる」
広島の田舎町の、うらぶれたアパートの一室……
大の字に寝転んだ私は、ぼんやりと、くすんだ天井を眺めながら静かに呟いた。
「ビッグな男ぉ? ココはスモールなのにぃ」
隣に寝転んでいた千津子は、可笑しそうに私の股間をわしづかみにして言う。
「な、な、ワシは本気なんじゃけんのォ!」
私は千津子の華奢な手を、憤然と払いのけた。
男の夢をコケにしやがって……
そんな気持ちで、千津子を睨み付けてやった。
千津子は、あでやかな大輪の花のような顔に、道化た笑みを浮かべて私を見つめている。
一体に、この女は、奇矯な振る舞いで私を面喰らわせることもしばしばで、天性の妖婦といった趣の女だった。
「……東京へ出て、一流の漫画家になるんじゃ」
東京……
その言葉を口にした途端、見上げている天井の向こうに、果てしない未来が広がった。
この田舎町の、遥か向こうに存在している大都会、東京……
(その街で、ワシは漫画で成り上がる)
数日前に読んだ、大物ロックシンガーの自叙伝に感化され、私はナルシズムに酔いしれていた。
そう、私は滑稽なほどに身の程知らずの夢想児であった。
十九歳、スタートラインに立ち、未来だけを見つめていた頃のことだ。
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