いつか見た青い夢

2/7
前へ
/39ページ
次へ
「ワシは東京へ出て、ビッグな男になる」 広島の田舎町の、うらぶれたアパートの一室…… 大の字に寝転んだ私は、ぼんやりと、くすんだ天井を眺めながら静かに呟いた。 「ビッグな男ぉ? ココはスモールなのにぃ」 隣に寝転んでいた千津子は、可笑しそうに私の股間をわしづかみにして言う。 「な、な、ワシは本気なんじゃけんのォ!」 私は千津子の華奢な手を、憤然と払いのけた。 男の夢をコケにしやがって…… そんな気持ちで、千津子を睨み付けてやった。 千津子は、あでやかな大輪の花のような顔に、道化た笑みを浮かべて私を見つめている。 一体に、この女は、奇矯な振る舞いで私を面喰らわせることもしばしばで、天性の妖婦といった趣の女だった。 「……東京へ出て、一流の漫画家になるんじゃ」 東京…… その言葉を口にした途端、見上げている天井の向こうに、果てしない未来が広がった。 この田舎町の、遥か向こうに存在している大都会、東京…… (その街で、ワシは漫画で成り上がる) 数日前に読んだ、大物ロックシンガーの自叙伝に感化され、私はナルシズムに酔いしれていた。 そう、私は滑稽なほどに身の程知らずの夢想児であった。 十九歳、スタートラインに立ち、未来だけを見つめていた頃のことだ。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加