いつか見た青い夢

3/7
前へ
/39ページ
次へ
高校を卒業した私は、暗くいびつな家庭から逃れるように、隣町に安アパートを借りて暮らしていた。 アルバイトで生計を立て、いっぱしの自立した大人の男のつもりでいたのだから、笑止の沙汰である。 「漫画家かぁ……」 千津子は一転、しみじみした様子で言った。 「ええね、夢があるって……」 どこか淋しげな風情で、そう呟いた。 私を見つめるその瞳は潤いを帯び、夕陽に照らされて輝く海のようだ。 こういう面差しの時の千津子は、たまらなく煽情的だった。 私は不覚にも、股間が脈打つのを感じた。 野性が脈打っているのだ。 心の最深部で脈打つ野性は、そのまま私の野心に連結していた。 東京へ出て、一流の漫画家になる…… その野心に。 「でも、ホンマに東京へ行ってしまうん?」 千津子は相変わらず、淋しげな微笑をたたえたまま、囁くように呟いた。 「おう、ワシは東京へ出て、一流の漫画家になる」 私は自身の決意を確かめるように、凜乎たる声で言った。 心に、かすかな痛みを感じながら。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加