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一年近く交際したこの女を捨てて、東京へ旅立つのだ。
夢をかなえるために。
そのことに私は、リリシズムを伴ったヒロイズムを感じていた。
私は甘美な自己陶酔の中で生きる、阿呆な夢想児であった。
そもそも、千津子のことを愛していたのだろうか。
愛情のありかは甚だ不確かだったように思う。
千津子とは、勤務先のステーキレストランの同僚だった。
友情が恋愛に発展したなどという青臭さはたまらなく恥ずかしいので、他の連中に気取られないよう、用心していた。
2K二万五千円のアパートの室内に、簫条たる沈黙が流れる。
やがて、千津子がゆっくりと私の上に覆いかぶさった。
「その時は、私も東京へ連れてってね」
千津子は、光彩を放つ宝石のような笑顔でそう言った。
その絶佳の言葉を聞いた瞬間、私の内奥で何かが弾けた。
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