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私は無意識のうちに反転すると、千津子の上に覆いかぶさった。
黒目勝ちな千津子の瞳から、美しい雫がひとすじ、頬を伝う。
「私も、英二と一緒に東京に行くけんね」
千津子は静かに笑って言った。
「ああ、そうじゃのぉ……」
言いながら私は、千津子の唇に唇を重ねた。
放縱な女が初めて見せた、無垢な情愛が、私の胸を打ったのだろう。
私の中からヒロイズムが去り、リリシズムだけが残った。
交際するようになって一年……
この時ほど、この女を愛しく思ったことはない。
西陽の射し込むうらぶれた部屋で、私達は溶け合い、ひとつの流線型になった。
千津子のあでやかな嬌声が、清艶な旋律のように私を包む。
私は、めくるめく歓天喜地の至境へと昇りつめていった。
「ええぇ~! もう終わりぃ~!?」
千津子は、不満げに小さく叫んだ。
私はいつもに増して早く、一分ともたずに果ててしまったのだ。
千津子は充たされぬ欲求に、眉根のあたりに悲哀の色を浮かべている。
「この早漏野郎!」
田舎町の黄昏に、千津子の罵声が響き渡った。
私は困惑しつつ、この罵声が悠々たる秋風に乗って、夢の街、東京まで届かないことを願った。
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