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ほの暗い闇の中で、陰陰滅滅とした雨音に包まれているうちに、昨年、天国へと旅立った祖母のことが思い起こされた。
「しゅうちゃんは、津島家の後取りじゃけん」
高校を卒業し、家族の反対を押し切って上京する際、祖母の言った言葉は、今でも鮮明に覚えている。
「東京で、津島の家を興しんさい」
シワにまみれた顔に、慈悲深い笑みを浮かべてそう言ったのだ。
(ばあちゃんに会いたい……)
そんな小児のような哀感が突然せき上げてきて、私は自分でも滑稽なほどうろたえた。
生家から勘当同然の身となっていた私は、祖母の葬儀に出席することさえ許されなかったのだ。
(ばあちゃんに会いに行こう……)
朦朧とした意識の中に、唐突に湧き上がったってきたその想念を別段、荒唐無稽だとも思わなかったのは不思議だ。
私は最早、酒と睡眠薬に溺れる日々に倦み、生きることに疲れきっていた。
生きるには、未来を仮想し得る能力が必要だ。
私には、それが無かった。
疲れきっていたのだ。
生きることに。
祖母に会いに行く……
私はしばし、その馬鹿げた、それでいて甘美な妄念に恍惚とした。
此岸に別れを告げ、彼岸へと旅立つことは、私に残された最後の方策のように思われた。
私の双眸からは、いつの間にか涙が流れていた。
近所に、人喰い川と恐れられる急流がある。
その川が、憂き世から冥土への、うってつけの黄泉路のように思われた。
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