虫けら

6/8
前へ
/39ページ
次へ
呆然と振り向くと、深雪が起き上がり、不審げな面持ちで私を見つめている。 その風姿は、風に揺らめくユリの花のような儚さを感じさせた。 「ああ、ちょっと散歩にね、行ってくるよ」 私はせき上げてくる悲しみに、震える声で答えた。 散歩…… そう、黄泉の国への散歩……。 帰路のない散歩に思いを馳せ、私はこの世のしがらみから解放される安堵感と、深雪への哀絶の情がない交ぜになった混交の念を覚えた。 「そう、気をつけてね……」 深雪は、不安げに言った。 陰鬱な雨の降る、まだほの暗い朝に、スーツを着て散歩に出掛けるなど、どう考えても面妖なことであろう。 しかし、私の最近の奇行に慣れてしまっている深雪は、若干の不審感を覚えただけのようであった。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加