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「よォ、随分と長い鬼ごっこだったな」
一瞬、その軽い口調に現実への認識がブレながらもその声の主が引き連れている影で再び意識を己の中に留める。
森の中から現れたのは1人の男。
背格好は俺と同じ位。
フードを深く被り、ここからでは鼻と口しか見えない。
長髪なのか、黄色い髪がフードからはみ出すように覗いている。
口角を吊り上げ、嗤いながら近付くフードの男。
手元の鞘に収まった短剣を弄ぶようにクルクルと弄りながらまるで友人に話しかけるように馴れ馴れしく近付いてくるが、断じて俺は彼と友人などではない。
むしろ正反対に位置する関係だと思う。
そしてピタリと足を止めたかと思うと男は短剣の鞘を少しだけ抜く。
そして鞘の中から溢れるように漏れ出すのは――――ドス黒い闇。
形状としては濃い黒い霧のように思えた。
だが内包している物が明らかに違った。
それは言わば……『死』という概念そのもの。
その霧を見た瞬間、俺の心臓が見えない手に掴まれたかのように圧迫され、鳥肌が総立ちし、眼孔が嫌でも広がるのを感じる。
少し見ただけでコレ。
という事はアレが完全に解放された時どうなるのか考えると直ぐにでもここから逃げたいという欲求に襲われるが、視覚化された死にもはや俺の足は動いてくれない。
ヒタリヒタリと少しづつ近付くフードの男と纏われる黒い霧に身体中に人生で今まで経験した事のない程の緊張が駆け巡る。
霧が俺に触れるのはあと僅か。
俺が本格的に自身の死を覚悟した時――――
――――月が落ちた。
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