紅の暗殺者

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――文久三年(1863年)、 京の町を駆ける、一つの人影があった。 漆黒に染まった夜、灯りを避け足早に帰路を急ぐ。但しその影は道ではなく、民家や武家屋敷の屋根を伝い移動していた。 足音を立てる事なく疾風のように走り続けていると、とある商家の屋根で足を止める。道に人の気配が何もない事を確認すると、瓦を動かしスルリと中へ滑り込んだ。 入り込んだ屋根裏から更に移動し、奥座敷の真上を目指す。 目的地に到着すると、屋根裏の板を外し座敷の様子を窺ってみる。灯りがある事を確認すると、そのまま座敷へと降り立った。 「ただいまー」 「遅い!」 ダンッと畳を荒々しく叩き、眉間に皺を寄せる老爺の姿が其処にはあった。 不機嫌そうに自分を見据える老爺に、座敷に立った青年は首を傾げた。 「……何が? 今日は遅くなるって言ってたよね」 「そうではない! 東雲(しののめ)お主、儂の酒を一体何処に隠したんじゃ!!」 東雲と呼ばれた青年は、ああそうか、と納得がいった顔をする。 確かに酒は隠した。隠したというか、持ち去ったという方が正しいだろう。今日はどうしても外す事が出来ない仕事だけに、土産を渡す必要があったのだ。
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