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その影の動きはとても遅かった。
赤外線探知のサーマルカメラでは、彼が自動車に乗っていないことは分かっていたけど、それでもとても。とても。
しかも徐々に速度が落ちていることがここ数時間のデータから分かる。
誰、だろう。
警告信号を送りたくても、彼はGPSはおろか携帯電話すら持ち合わせていないようで、もちろん無線機もない。
語りかけれない。一体、誰なのか尋ねられない。
言い付けでは、この施設に近づく飛行機や自動車は私に接近許可を求める信号を送ってくる手筈だ。
送ってこないのには警告信号を送り、無視した飛行機や機械は、私の判断で排除してもよいことになっている。
けれど、彼は飛行機にも自動車にも乗っていない。
どうしよう。
私はそれから数時間かけて対策案を練ろうとしたけど、結局私が結論を下す前に影が施設の玄関口にたどり着いた。
一応施設自体は鉄製のフェンスで囲われていたのだけど、それは爆発で壊れた部分があったみたいだった。
そして施設の玄関である、鋼鉄製の自動ドアの前にいる。
私は"眼"でじーっと彼を見つめる。
ここに入るためにはIDカードを使う必要がある。
そのIDカードの情報を私が確認して、違ったならば警備部を呼ぶ。
今は警備部の人がいないから、規則に則って全保安判断は私にある。
彼が偽者を使ったならば、排除すればいい。
けれど彼は、おぉい、と間の抜けた声を出しながら扉を叩き始めた。
私は、リアクションに困った。
知らない人を中に入れるわけにはいけない。
だが、彼がIDカードを使って身元を証明するまでは"知らない人の可能性がある人"なのだ。
警告した後に排除するという方法もあるが、彼には警告をすることができない。
手順を飛ばし問答無用で排除などという、知性のない行動はできない。してはいけないと、言い付けられている。
私は困った。私の数百テラバイトに及ぶ処理能力を持ったスーパーコンピューターが置いてある部屋が、久しぶりに室温60度を上回った。
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