第五章

111/218
前へ
/974ページ
次へ
黙って俺に撫でられている理子が、俯き加減だった視線をゆっくりと上げる。 「悠ちゃん、理子ね……。悠ちゃんがここにいられる時間のギリギリまででいいから、一緒にいたいな……」 その言葉は衝撃だった。 心臓が跳ねたのを本当に感じたんだ。 チラッとだけ自分の胸を確認し、 うん、大丈夫、ちゃんと動いてる、ようだ……。 理子へと視線を戻し、えっと、なんだって? 頭の中でリピートする。 イ ッ シ ョ ニ イ タ イ ナ 誰だ、そんな言葉を理子に教えた奴は――。 マジかよ、嘘だろ、なんだよ、それ……。 理子のくせに、理子のくせに、理子のくせにっ そんな発言でこの俺を惑わすなんて――、「悠ちゃん?」 「わ」 「どうかしたの?」我に返った。 今度は理子の方が俺をまじまじと覗き込んでいた、それもかなりの至近距離で。 驚愕する俺の様子には、まったくと言っていいほど疎い理子。 「どうしたの?」と、普通に問いかけられる。 「どうしたのって…」 どうしたのって、何だった?、何だった? 何だった―― 「あ、明日はバイトだ」聞かれたことをようやく思い出した。 「え?」キョトンとする理子に 「だから明日はバイトだ。お前が聞いたんだろう。それと俺のバイト先のカフェは若い女性の客層がターゲットだから、俺にはよくわかんないけど、たぶん女子が喜ぶような内装とか、メニューとかになってるはずだから……、理子も店に食べに来たら気にいると思うよ。それと、BARの方だけど、さすがに未成年は連れてはいけないな。でも、まぁ店長は俺のおじさんだし、どうしても見たいなら店が開く前の昼間とか、頼んでみてもいいけど――。約束はできないからあまり期待はするなよ?」 「うん、嬉しい」 理子の瞳が期待にキラキラと輝いたのが、俺をも嬉しくさせた。
/974ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7400人が本棚に入れています
本棚に追加