第五章

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時刻は23時5分前。 俺はこの前と同じカウンターの席に座って、亜美を待っていた。バイトでもないのに現れた俺に、マスターは不思議そうな視線をよこしてきたけれど、何も問われることはなかった。 グラスの中の氷が解けかけた頃、カツカツとハイヒールの音。 23時30分過ぎ、ようやく亜美は現れた。 「もう、いないかと思ったのに――、まだいたんだ」 遅れて悪いなんて、これっぽっちも思っていない。その高飛車の声色に、遅刻はワザとだなと俺は確信する。腹が立つがそこは堪え、亜美の背後に視線を送る――、が人の気配はない。 「弟は?」いねぇじゃねぇーかっ! 喉まででかかった言葉。亜美は気にもせず隣に腰掛ける。 「マスター、お勧めお願い」この空気に不釣り合いな甘えた声を出す。 苛立ち舌打ちしそうになるのもなんとか堪え、 「亜美、弟は?」もう一度同じセリフを吐いた。 「今日集会」 「はっ?」 集会? 集会って……、あのいわゆるあの集会? マジかよ。裏のトップって本当なんだ……。 どこか現実味のなかった隆の話が、急にリアルに思えてくる。ツーッと背中を冷や汗が伝ったがーー、ここで俺もひるむわけにはいかない。 「今日、弟に会わせてほしいってお願いしたはずだけど?」 俺の文句に対して、カウンターに頬杖をつき優雅にこちらをふり仰ぐ亜美。 「聞いてるわよ」 「なら、なんで来ない」 「私は来るとはいってない。でも(りく)に話は伝えてある」 「……」陸って言うのか…… 「まずは私が話を聞くわっ、そして陸に電話をかける」 「……」 「何か問題が?」 「……今日中に、彼に話が伝わるという保証は?」フッと、鼻で笑う亜美。 「なんだそんなこと? ぬかりないわっ、私を誰だと思っているの? 今日、ケンカの最中で死にそうになってても私の電話には出てっ!ってちゃんと言ってあるわ」 弟とはいえ、裏社会のトップ。その相手にめちゃめちゃ強気な発言。 姉の亜美を弟が溺愛しているという情報は、嘘ではないということか……。
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