第1章【始】

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昔々、それは随分と古いお話で。 今より何千年という時をひっくり返した物語。 そんな物語を知る人はこの世界に今、何人といるだろうか?あるいは……人の記憶にはもうないのだろうか? 記憶師でさえ覚えもしない記憶なのだから、その場合はあるが……信じたくない話だ。 天魔戦争というのがはるか昔にあったらしいがどうも記憶になく、あるとしたら欠片のような脆い記憶。 思い出せば思い出したで失くしてしまいそうな物語の破片。 天魔戦争というのは神が治める天使の楽園とも言える天界、魔王が治める魔物や魔族によって創られる魔界。 その魔界を蓋するかのようにある、多種多様な種族が住まう下界。 その三つの界のうち、天界と下界の中間地点にある"天空の歪み"という空間を引き裂いて現れた歪み 簡単に言うと世界から切り離された空間で行われた戦争。 二者は己が力を発揮してどちらかを滅ぼすが為に戦争が行われた。 止めてほしい……そう願う人間もいたが無理もない話。 この戦争は無意味に等しい戦争だった。 魔界がこの戦争を乗り出したもうひとつの理由がある。 神が手の平で駒の如く弄んだ"少年"を助ける為に挑んだ。 神の手の平にいた少年は仲間である者の弟であった、大魔王はその者の願いを聞きうけて戦争を引き起こした。 助ける為に、そして長き古くからある神と魔王の争いを終結に導く為に行われた戦争。 しかし、少年を助けるのには帰還時には瀕死であり、そこを突かれては大魔王でさえ無理であった。 それを悟った二人の青年と男が少年を棺に入れて空間から下界に落とした。 『天高くから落ちた棺。白百合の舞う白い雪のような幻想に近い谷にある棺には少年眠りし』 そんな言葉がいつしか下界に根強く残ったが当時の事であるため、今の人間は覚えているのだろうか? 何千年という刻(とき)を誰が覚えて、誰が後世に生まれる者に伝えていったんだろうか? わかりもしない下界の私情に悩まされながら今日も一人の魔王は机に突っ伏していた。 「はぁ……っ」 ――"白百合の舞う白い雪のような幻想に近い谷" そんな場所、存在するのだろうか? 何千年も昔に起きた戦争の合間に落とされた棺、谷が見つかっても棺があるのかわかりもしないのに…… 弱音を吐けば口からボロボロと零れ落ちる。 (いやだな、こんな弱音) 最後の決意で一人の仲間である魔王に命令を下した。
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