想いは桜の花に乗せて

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確か、あれは4・5歳のことだと思う。 「隼人様っ、お待ちくださいませっ」 桜の花びらがひらひらと舞い降りる季節。現代と平安時代を行き来することができると知った俺は、現代へ来ていた。あの頃の俺は今みたいな物静かというわけではなく、子供らしくやんちゃで素直だった。 「遅いぞー、明泰ーっ」 息切れをしているお守りの明泰に楽しそうに笑うと、彼は必死にこちらへ向かって走ってきた。 「隼人様、私めを追い越して動かないでください。だいたい隼人様は平氏の……」 近くに何かないか周りを見渡すと、そこには大きな桜の木があった。幹は太く、桜は満開しているようだ。 「すげーっ!ほら、明泰っ」 隣を見ると、そこにいるのは明泰ではなかった。 長くてサラサラとした黒い髪、動きやすい直垂を身にまとった女の子が桜に目を輝かせている。横顔を呆然として見つめると、女の子は視線に気付いたのか、慌てて扇子を広げて顔を隠し、逃げようと回れ右をする。しかし、彼女の腕を思わず掴んでしまい、困惑した声が聞こえる。 「あ、あの……」 「桜、綺麗だなー」 「ええ……。手、離していただいてもよろしいですか?」 優しく微笑する様子に、逃げることはなないと知って、手を離す。 「俺、隼人。お前は?」 俺より一つ年下だというのに、上品な振る舞いに驚きつつも名前を聞く。 「梓と申します」 しっかりとした口調で、梓は言った。 「梓はどこの家の娘なんだ?」 本来なら聞くべきことではない。平安ではたとえ子供だとしても、女性は初対面で氏素姓や顔を明かしてはいけないのだ。俺が男であるなら尚更のことである。 「わ、悪い、聞かなかったことに……」 「源氏、です……」 いい言いにくそうに手で口元を抑えて梓は言った。 源氏――平氏と敵対する家だ。 「そう、なんだ……」 複雑な心境だ。俺は平良…いや、平安では平 隼人で平氏の者だ。つまり、梓とは敵同士で、いつかは戦で斬り合うかもしれない。 「隼人様……私に会ったことは誰にも言わないでください。余計な争いごとは避けたいのです……」 幼い子供なのに、大人びていて……どこか悲しそうに言う彼女に俺はわかった、と頷いた。 ただ、桜を見つめる横顔とそこにある桜は、儚くて、でも強い意志があって綺麗だと思った。
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