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ワイシャツ姿の親友は、ひたいに汗をにじませつつ正座のまま深々と頭を下げた。
「なるほどな。
お前の一族が育て上げた忍獣なら、主人の命令は絶対だ。
とすれば、始末するしかないってことだな。
分かった、引き受けよう」
「ありがとう、感謝する」
懸河が快くうなずくと、親友は頭を上げず礼を告げた。
快諾したのはよかったが、問題は彼がクマ退治に出かけている最中に起こった。
彼の妻、そらの母が出立の日、その娘がいつもより執念深く彼女を止め立てしていたのだ。
「今度はいつ帰ってくるの?」
「そうね、2か月あとかしらね」
そらの母は北欧の出身で、両親は国際結婚だった。
雪のような白い肌に、陽のようなブロンド、端正な顔立ちに、夫にはわずかにおよばないものの充分に長身で肉付きのよい体形。
彼女の拳法も相当なもので、武術の大会が開かれては出向き、修行の誘いを受けては客土に身を置いて、さらなる強さを一途に追い求め、鍛練に明け暮れしていた。
家にいないことも多く、母娘は玄関で毎回のようにこの手の議論をくり返していた。
「この前は、一週間だったよ……?」
「ああ、うーん、そうね。
じゃあ、もし、おとーちゃんが私に助けを求めてきたら、助けに行かないわけにはいかないかもしれないわね。
そうなれば、今回の旅行は中止」
「ほんと??」
「ええ、でも、クマ相手に弱音なんか吐いてたら、おとーちゃんぶっ飛ばすけどね」
そらは母の話が続いているうちに、電話のある居間へ飛んでゆく。
父が声をかけさえすれば、母は旅をやめるという約束を取りつけたのだ。
さっそく父へ連絡して事情を話したのだが、彼が帰宅したのはその翌朝だった。
意気揚々と仕留めたクマを背負って懸河が家の玄関にたどり着くと、上がり端で正座しているそらがいて、じとりとした重い目つきでにらんでいた。
「おかーちゃん、行っちゃったよ。
2か月帰って来ないんだってさ」
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