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涙を浮かべて訴える娘に、父はただ驚き顔で立っているだけだった。
「そんなにクマのほうがいいんだったら、クマにでもなっちゃえばいいんだ!
おとーちゃんの顔なんか見たくない!
クマにでもなっちゃえ、ばか!」
だからと言って、本当に着ぐるみを着て娘に顔を見せないようにする父親がいるのだろうか。
だいちには所々納得しかねていまいち信用しきれない内容だった。
話を聞いているうちに、ついついそらの家の前まで来てしまった。
「だいち君、もし良かったら、うちで稽古してみないかい?」
「えっ?」
唐突の提案に、だいちは答えにとまどう。
「いやあ、君が来てくれれば、そらの機嫌も良くなるんじゃないかと思ってさー。
無理ならいいんだ、でももしその気があるんなら、まずはお母さんに相談してみてさー」
「う、う~ん……」
情けなげな声音で勧誘するクマがどことなく不びんに思えて、何ともいたたまれない気持ちになった。
「そういえば、君のお母さん、すっげぇ美人だったねー……オレ照れちゃってさー、昨日は隠れちゃったんだよねー」
だいちの母のことになって、急に元気を取り戻すクマ。
昨日は気を失った後、どうやら学校を介して母へ連絡が行ったらしく、ために勤め先から車で迎えに飛んで来たということであった。
赤手家に来た母とその時、どのようなやりとりがあったのかは、だいちの知る所ではなかったが。
と、背後から何か冷たい気配を感じて二人同時に振り向く。
これが殺気と呼ばれるものか、買い物袋を手にさげたブロンドの少女が、いつの間にか二人の背後に立ち、凶悪な険相でこちらをにらみつけていた。
「ひっ!」
「そ……そら!
あああ、だいち君、またな。
気を付けて帰るんだぞ、じゃなっ!」
彼女にすごまれて、だいちは体が固まり、クマは一目散に脇戸の中へと消えていった。
形相を解き、ため息を吐き出しつつ、そらがこちらへやって来る。
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