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だいちは何か後ろめたい気持ちになって身構えた。
「なに、話してたの……?」
「べ……別に、けいこしてみないかって、誘われただけだよ……」
「ふ~ん……まあいいけど」
問い詰められてひやりとしたが、彼女はそのまま彼の横合いを通り過ぎてゆくだけだった。
「だいち君……ばいばい」
「バ……バイバイ」
薄暗がりの中、ぎこちなく手を振り交わして二人は別れた。
だいちは即夜、母に相談を持ちかけてみると、“ケガをしそうな組み手をしない”という条件付きではあったが、あっさり入門の許可を得た。
稽古といっても土曜の昼の二時間ということだったので、初回までの三日間は学校帰りに赤手家へ寄り、道着姿のそらと祖母の稽古風景を見学できた。
それも毎回試み程度に参加してみるという、半ばすでに稽古が始まっている状態であった。
左ほほとひたいのばんそうこうも取れ、両家の親どうしのあいさつも終え、いざ道着に身をつつんで稽古本番にのぞんでみれば、だいちとクマしかいなかった畳敷きの道場に、そらが現れた。
「そらちゃん……」
感涙のあまり彼女の名を呼んだのは、クマのほうだった。
「かん違いしないでよね。
別におとーちゃんのこと、許したわけじゃないから。
だいち君、相対しよ……」
「待てーい!」
あくまでさめた態度のそらに、クマはびしっと片前足を伸ばして待ったをかけた。
弟子の二人が何事かとクマを見やると、彼は両ほほに爪のない前足をあてがい、鋭い眼光の面部を軽くかしげて、かわいげのある野太い声で言い放つ。
「まずは、準備運動からだよ」
こうして、二人と一頭の奇妙な稽古が始まった。
もちろん初心者のだいちは、もっぱら基本的な突き蹴り受けのくり返しだ。
そらの帯は意外にも黒ではなく茶色で、父子で組み手をする時以外はおおむねだいちと同じことをした。
また、土曜日以外にも、だいちは都合の良い日を見つけては道場へ寄り、そらとともに自主練習にはげんだ。
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