37人が本棚に入れています
本棚に追加
こちらが不思議に思って問いかけても、彼女はいやに分別臭い面持ちをよこすだけだった。
「電話したら、いつでも来てくれるよ」
「簡単に言わないで。
強くなるって、ナミタイテイのことじゃないの。
だから修行してるんだし」
まるで誰か他の人からの言葉を借りてきたように答えるそら。
その口振りから、どうも相当に我慢をしているように見えて、だいちは少々理解に苦しんだ。
それでもひと言“会いたい”と素直に伝えれば、母は何を置いても帰ってくるはずではないか。
だいちにとっての母親は、そういう存在であったのだ。
「それに、おとーちゃんしか番号知らないし……。
おとーちゃんなんかに電話させられないし……」
妙に片意地を張っている風な言葉を残して、彼女は立ち上がってどこか怒気を含んだ足音で道場のほうへ向かっていった。
広縁の端のそらの湯飲みに目を落として、だいちは何とも言えない焦燥感に長大息を吐き出した。
「ほっほっ」
開け放ちの障子の向こう、居間のちゃぶ台でいつものように正座するおばあさんが、何か語りたげに笑みかけてきた。
それゆえに、だいちは物問いたげな顔でそちらを見返る。
「二人とも頑固だからねぇ。
まあ、格闘家はこぶしでしか物事を決められないんだよぉ。
“さが”ってやつかねぇ」
ほがらかな声柄でしみじみと語ったおばあさんに、何か期待をされているような気味合いになった。
色々と思うところはあるが、このままで良いはずはないということくらいだいちにも分かる。
たとえそれが格闘家のさがなのだとしても、そんなことは全くないのだろうけれど、自分の母が否定されているような気がして仕方がなかったのだ。
彼は立ち上がり、まだ真新しい白帯をぎゅっと結び直して道場へ向かうのだった。
「勝負しよう!」
「……え?
わたし?」
相対になって空突きをしている父子に向けて、だいちは一声を発した。
「そう、僕が勝ったら、お父さんに、お母さんに帰ってきてもらうように電話してもらう」
最初のコメントを投稿しよう!