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間合いを取ってみるものの、すかさず彼女が前蹴りを入れてくる。
「わっ!」
あまりに積極的な攻撃だったので、だいちは思わず転がるように飛び離れ、相手に背中を向けてしまった。
もしこれが公式の試合だったなら、注意か警告を受けただろう。
充分距離を取りつつ無様に立ち上がって急いで半身に構えてみても、そらはただ静かに待っていた。
「だいちくーん、がんばってー」
「審判、だまってて!」
あまり気力のあがりそうにない声援をよこしたクマだったが、すかさず娘にたしなめられてわざとがましくびくついていた。
用心がそなわり、だいちは適当な間合いをたもちつつそらに近付いてゆく。
今の蹴りで、鼓動も呼吸も倍ほど速くなった。
頭も冴え始め、眼界さえよく広く見通せる。
今度はそらのほうから仕掛けてきた。
一足で間合いを詰められ、突きが来る。
だいちは半分、体で覚えた拍子に乗って、受け流し、ひじ打ちを叩き込んでみたが、すんでの所で身を引かれ、あっさりかわされてしまう。
相手も高めのひじ打ちを返してきたので、とっさに反応して両手で防御することができた。
しょせんは、白帯と色帯の試合。
どのようにあっても、だいちがそらに勝てる道理はなかったのだ。
その後も拳打を果敢にくり出す彼だったが、隙のない身ごなしの彼女にいっこう当たる気配がなかった
「だいちくーん、あと1分だよー。
がんばってねー」
「審判する気あんのか!」
相変わらずなごみやかな声援をよこすクマに、だいちをにらみ据えたまま鋭い突っ込みをすませるそら。
相手の連打をなんとかさばき、不意に来た上段蹴りをまさに危ういところで反り身になってかわすだいちは、いったん間合いを抜けてから思い起こしていた。
彼女と学校外での再会を果たした時のことだ。
あの時も、見事な上段の前蹴りだった。
「あと30秒だよー」
クマの言にいちいちしかめ面を作るそら。
勝ち味がわずかなりともあるとすれば、これではないかとだいちは確信した。
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