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「そらちゃん!」
「えっ?」
思い切って、昔の呼び方で名を呼んでみる。
彼女はどきりとしてこちらを見やった。
いつでもこぶしを打ちこめるように構えておいて、だいちは言い放つ。
「本当は…………見てた!」
何を言っているのかを理解するのには、おそらく数秒かかるだろう。
きっとあの日は、道着を着ている感覚で、失礼を言ったクラスメイトに前蹴りを見舞ったのだ、しかし実際はスカート姿で。
だいちは彼女がその白雪色のかんばせにもみじを散らす瞬間を見逃さなかった。
「え……ええええええ~っ!?」
あまりに突拍子もない告白に、さぞかし驚いたことだろう。
だがこれを好機と、だいちは畳を蹴って跳躍し、直線をなぞりつつこぶしをただ前に伸ばした。
「……しまっ!」
正直なところ、勁だとか作用だとかは全く意識のほかだった。
ゆえに、威力など皆無。
突き出しただいちの拳は、そらのボディプロテクターを軽く触れる程度であった。
「そこまで!
勝者、だいちくーん!」
「ちょ……っと、おとーちゃん!
今のは!」
「だめだめ、入ってたよ今の。
だいち君の勝ち!」
審議もなくさらりと勝者を呼ばわったクマに、不満たらしくそらが抗議したが、彼は全く取り合わなかった。
試合を終えてだいちは、向かっ腹を立てて怒り肩のそらと向かい合い、少々とげとげしい礼を交わされてしまった。
「ありがとうございました!」
礼を終えてすぐさま、そらは横目にクマをにらみつける。
心なしか、クマの中から含み笑いが漏れたような気がする。
「おとーちゃんに勝てるわけないじゃん!
ばかおやじ!」
「おいおい、そらもだいち君に負けるわけないって思ってたんじゃないかい?」
「……んぬぬ~!」
早くも敗北宣言をするそらを、クマは肩をすくめて至極やりやすそうに言い負かした。
そのせいもあって、彼女の内なる怒気もいよいよ限界らしかった。
仕方なくそらは次の対戦相手と中央で向かい合って、蹲踞し、礼をした。
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