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だいちはおばあさんの隣で同じように正座して大人しく観戦だ。
「本当に、おかーちゃんに電話する?」
「ああ、おとーちゃんに勝てたらな。
おとーちゃんが勝ったら、どうしようかー?」
「好きにすればいいじゃん」
「じゃあ、この着ぐるみ、脱いでいいなー」
何やら格闘家らしいオーラのようなものを上体から立ちのぼらせ、二人はさっそく舌尖(ゼッセン)で小突き合った。
両者とも、構えに一分の隙も見当たらない。
「いつでもいいよー」
「ヤ────ッ!」
試合はクマの声で唐突に始まった。
まずはそらが跳躍し、飛び蹴りを仕掛ける。
クマは右前足のみ動かして、それを受け止める。
そらは蹴り押した反動で逆とんぼを切り、着地ざまにまた飛びかかった。
「ヤッ!
ヤッ!
エイッ!」
「よっ。
はっ。
ほっ」
連打連撃浴びせかけるものの、少女の拳はコミカルな動きで避け続けるクマにひとつとして届かない。
踏み込む足と足が畳を打ち鳴らし、喧騒となって道場を満たした。
二人の激しい応酬を目の辺りにしてだいちは、あんなにも華奢な少女が今の今までまるで本気でなかったことに、とても強い衝撃を受けてしまった。
(あわわわわ……)
いつぞやの自分のように、再び瞳を輪っかにして心の奥でおののくだいち。
子細を目で追うことすら容易ではないその闘いぶりに、あらためてこの一家の物すさまじさをまざまざと見せつけられた気がする。
「ほっほっほっ」
こちらの胸中を知るや知らずや、隣のおばあさんからほがらかな笑い声が聞こえた。
少女とクマの攻防はますます激しくなってゆく。
避けてばかりだったクマも、少女のこぶしに速さが乗ってきたと知り、四肢で受けることも多くなった。
「うははー、やっとエンジンかかってきたってところかなー?」
「うるさいっ!」
拳脚がかち合うたびに、ごっ、と力が炸裂する音。
跳躍を多用した機敏な身ごなしのそらに、クマは無駄のない前足使いと足運びで対応する。
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