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そうして彼らは数分間、だいちが試合をした時間よりも長く、しかも少しも休まずぶつかり続けた。
と言っても、クマのほうから仕掛けてきたことはなく、そらが一方的に攻めるという構図だったが、それでも試合を制していたのは明らかにクマだ。
さすがに息が続かなくなってきたのか、ひとしきり突きを放っておいて、そらはクマから飛び離れ、多めに間合いを取った。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
「どうしたー?
そら、もうおしまいかー?」
肩を上下させて呼吸を整える少女とは反対に、まだまだ余裕ありげに軽やかなステップを見せつけて挑発するクマ。
伏し目になるそらをだいちは案じたが、こちらに一瞥をよこした彼女には、何か秘策がありそうな気配ではあった。
「おとーちゃん……」
「……ん?」
まっすぐ相手を見据え、腰をおとして正拳突きの構えをしたそらは、臍下丹田に力をこめて父へ言い渡す。
「浮気は……だめっ!!」
「……んなっ!?」
娘の一喝に、動揺の色を見せてクマが固まった。
「えええええ──!?」
先ほどだいちが実践した作戦を、今度はそらが試みた。
父の驚き声を耳にして、したりとばかり彼女が飛びかかる。
そらがくり出した正拳突きが、クマの腹部を捉える。
「ハ──!!」
こぶし先が触れるその刹那、動くはずのないクマの口の端が、にたりと歪んだ気がした。
「あまいっ!」
引き足もすばやく、クマはそらの突きを紙一重の所でかわし、逆にその勢いを利用して彼女を投げ上げた。
彼が何をどのようにしてそらを人つぶてにせしめたのかまでは、残念ながら初心者のだいちに見抜くことはできなかった。
ただ気付くともう、少女の肢体は宙を舞い、みるみるこちらに迫っていたのだった。
「わわわわわ!!」
あわてて中腰になり、懸命に腕を広げるだいち。
してみたところで、飛んでくる人一人をしっかり受け止められるものなのかとはなはだ疑問に思いながらも歯を食いしばって待ち受けていると、不意に視界を横切った者がいた。
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