◆この村の神官さまは

2/26
前へ
/87ページ
次へ
       その村の神官はとても心配性で、とかく村人たちのことを大変気にかけていた。    彼がこの地に新米神官として叙任して五年。 二十ほどの所帯が暮らす小さき村ではあったが、聖都からはそれほど離れているというわけでもなかった。    山ふところに抱かれた聖国の在に初めてやって来た若い神官は、とても歓迎されたものだ。 子供たちに字の読み書きを伝え、世の真理と神の教えをさずけ、 山で採った薬草や山菜を分けたり、のら仕事を手伝ったり、 村人たちと交わるうちに、すっかり彼らのことが、この村のことが好きになってしまった。    だからこそ彼らの、他人を疑うことを全く知らない人の良さ、危うい純朴さが心配で仕方がなかったのだ。 名をウルバンといったが、村人たちからは敬愛をこめて、 “神官さま”と呼ばれていた。            長い冬が明け、春が目の前だった。    山々は根雪をかぶりつつも、時々刻々と浅緑色に染まってゆく。 水はまだ冷たくあったが、風と陽の光には少しの暖かみが感じられる。    この日、彼は山野へ出かけていた。    ケープ付きの白い長衣に革の半長靴と軽装ながら、手さげの編みかごはすでに薬草やらきのこやらでいっぱいだった。 白銀色の半長髪、物やわらかな目もと、華奢な体つき、青年には似合わぬ落ち着きと山知識をも備えている。    神官は頂点を過ぎた太陽をさしかざした手の平越しに見上げ、満足げに帰り道を歩き出した。 山菜狩りもひと区切りし、時分時ともなればちょうど引き上げる頃合いだ。   「神官さまー!」    高木の立ち並ぶ林の中を縫う、はばひろな山道の向こうから彼を呼ぶ声があった。 よく焼けた肌に麻織りを着た、今年、十になる少年。   「神官さまに手紙だべー!」   「やあ、ヤペテ、そんなに走るとあぶないですよ」    一通の手紙らしきを高々とかかげてこちらへ駆けてくるのは、教え子の一人だった。  
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加