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その村の神官はとても心配性で、とかく村人たちのことを大変気にかけていた。
彼がこの地に新米神官として叙任して五年。
二十ほどの所帯が暮らす小さき村ではあったが、聖都からはそれほど離れているというわけでもなかった。
山ふところに抱かれた聖国の在に初めてやって来た若い神官は、とても歓迎されたものだ。
子供たちに字の読み書きを伝え、世の真理と神の教えをさずけ、
山で採った薬草や山菜を分けたり、のら仕事を手伝ったり、
村人たちと交わるうちに、すっかり彼らのことが、この村のことが好きになってしまった。
だからこそ彼らの、他人を疑うことを全く知らない人の良さ、危うい純朴さが心配で仕方がなかったのだ。
名をウルバンといったが、村人たちからは敬愛をこめて、
“神官さま”と呼ばれていた。
長い冬が明け、春が目の前だった。
山々は根雪をかぶりつつも、時々刻々と浅緑色に染まってゆく。
水はまだ冷たくあったが、風と陽の光には少しの暖かみが感じられる。
この日、彼は山野へ出かけていた。
ケープ付きの白い長衣に革の半長靴と軽装ながら、手さげの編みかごはすでに薬草やらきのこやらでいっぱいだった。
白銀色の半長髪、物やわらかな目もと、華奢な体つき、青年には似合わぬ落ち着きと山知識をも備えている。
神官は頂点を過ぎた太陽をさしかざした手の平越しに見上げ、満足げに帰り道を歩き出した。
山菜狩りもひと区切りし、時分時ともなればちょうど引き上げる頃合いだ。
「神官さまー!」
高木の立ち並ぶ林の中を縫う、はばひろな山道の向こうから彼を呼ぶ声があった。
よく焼けた肌に麻織りを着た、今年、十になる少年。
「神官さまに手紙だべー!」
「やあ、ヤペテ、そんなに走るとあぶないですよ」
一通の手紙らしきを高々とかかげてこちらへ駆けてくるのは、教え子の一人だった。
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