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ナイフを戻して手紙を読み進める間に、マリアが食事の乗った角盆を持って帰ってくる。
彼女は盆を神官の前に設置し、物慣れた手つきでポットからティーカップに茶を注ぐ。
香草の甘い香りがにわかにひろがった。
「お手紙ですか?」
「ええ、聖都に呼ばれました。
どうやら次の赴任先が決まったようです」
マリアの質問に神官が何心なく答えると、彼女はカップをかちゃりと震わせた。
拍子にポットの中身がわずか盆にこぼれて湯気の塊をたちのぼらせる。
「はっ、あたし、ごめんなさい」
あわてて布巾でぬぐい取り、それを手にしたままこちらに背を向けるマリア。
片耳だけを肩越しにのぞかせて、彼女はひどく落ち着かぬ声で継ぎ端をひろう。
「そ……それで、次はどちらの村へ行かれるのですか?」
「残念ながら、それはまだ分かりません。
聖都へおもむいて、大神官さまに叙任を受けるまでは……」
「そうですか……」
言葉が途切れ、神官は彼女の手が震えていることに気付いた。
言うべきことを心の中で探して小さな背中を見上げたが、彼女の声のほうが早かった。
「……このまま、この村にいて下さる、なんてことは、できませんか?」
「……マリアさん」
「も……申し訳ありません、今のは聞かなかったことにして下さい」
「…………」
マリアはこちらに面持ちを見せぬように顔を背けたまま、今度は裏木戸から外へ出ていった。
何とも歯切れの悪い会話のおわり方だ。
独りとなってしまった神官は、何か軽率なことを言ってしまったのではないかと、自責のために胸苦しい気味合いになって戸口の向こうの景色をながめていた。
(マリアさん……)
心の中でその名をつぶやいてみても、この気持ちはしばらく晴れそうになかった。
気付くと、起き出した白ネコが皿に乗った二つのバタールに物欲しそうに鼻先を近付けていたので、彼はその一つを半分にちぎって与えた。
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