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彼女が幸せそうにパンにかじりつく姿を見つつ、自らもイスになおって食前の祈りをささげ始める。
「天つ御空にまする我らが神よ、
玄黄に光あまねわしたまいた天つ日に感謝いたします、
大地に万緑のめぐましたまいた天つ水に感謝いたします……」
もう五年になる。
神の教えを説き、村人の信頼を得ても、しょせん彼は一教団員、この神官服も、この小聖堂も、そして今の暮らしぶりでさえ、教会が用意したものにすぎない。
たとえ望まれたとしても、彼程度の位地では、教会の意思には逆らえなかった。
異動を命ぜられれば従わなければならなかったし、そろそろそういう時期でもあったのだ。
しかしいざとなってみると、当の本人よりも周囲の者たちのほうが得心にもずっと時間がかかるらしいことをこの時、知った気がした。
「全ての者に等しく癒しをもたらしたまいた天つ風に感謝いたします、
それらの賜物を創造されたまいた神に感謝いたします。
主の御心によりて我が身のある世にとこしなえなる治と、今日の生きる糧を与えたまいたことを感謝いたします……」
香草のふくよかな香りがただよう中、祈りを終えて静かにパンを食べ始めても、この日の昼食はあまり味がしなかった。
「主のみちびきによりて、太陽が生じ、やみをはらいたもうた。
主のみこころによりて、雨ぐもが生じ、めぐみの雨を降らしたもうた」
次の日の教授では、つとめて普段のごとく机を並べて皆に聖典の音読をさせた。
声を合わせて同じテキストを読み上げる十二人の子供たちを教卓からながめる神官。
教え子のほとんどは家の仕事を何かしら手伝っているために、日によく焼けていて体も丈夫で声も大きい。
神官と一匹のネコのみが住む小聖堂も、この時ばかりはにぎやかだ。
部屋の隅の置き時計に目をやれば、そろそろ頃合いだったので、神官は教授を切り上げることにした。
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