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「ああ、これはひどいねぇ。
ケガもしたのかい?」
「あ、これは、ちがう」
おばあさんは孫娘からシャツを受け取って確かめ、次にこちらの左ほほに貼ってあったばんそうこうを見つけて心配そうに問いかけたが、だいちはそれを否定した。
彼はよく何もないような所でも転んでしまうので、今も黒いジーンズの下や長袖の中など、見えていない部分にもこういう生傷があってばんそうこうが活躍している。
ほほのこれは、学校の校庭際で石くれにつまずいて、校舎の壁に軽くこすりつけただけだった。
「どれ、よっこら……しょ、と。
一丁、やってみましょうかね」
おばあさんはそう言って立ち上がり、曲がっていた腰をおもむろに伸ばしたので、だいちはこれから何が始まるのだろうと身をこわ張らせた。
シャツをちゃぶ台に投げ出し、畳を素足で踏みしめて彼女がかっと目を見開く。
すると、道着の袖の内から、こまごまとした何かを出し、手指の間にその数々をたばさみ持った。
見れば、幾本かの針や糸、針刺しや糸切りバサミといった裁縫道具一式だ。
両手をさっと交差させて一瞬で針に糸を通してみせると、おばあさんは自由になった指でシャツのえりをつまんで投げ上げた。
なんとも驚いたことに、次の瞬間、彼女はそのシャツに攻撃を仕掛けた。
「ほぉあたたたたたたたた!!」
目にも留まらぬ速さでパンチの嵐を浴びせかける。
何事かとたずねたくなって隣に座った者を打ち見たが、少女は不敵な笑みで祖母の豪壮ぶりを眺めるばかり。
そのうち、あまりの連打におばあさんの体からつむじ風が起こり、心なしかまばゆい光まであふれ出しそうな勢いだ。
(ほわわわわ──!!)
半袖シャツを相手に死闘をくり広げる、道着姿のかわいらしいおばあさんという、とんでもない光景を目の辺りにして、瞳が輪っかとなってしまっただいちは、せめて心の中でだけマンガみたいな悲鳴を上げた。
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