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そうして、最後にセーフの格好でおばあさんが動きを止めると、誰も着ていないはずのシャツが、まるで力尽きて倒れるように、ちゃぶ台の上へ、だいちの前へゆっくりと落ちてきた。
そのシャツはすでに縫い目も分からないほど、かぎ裂きが完璧に修繕されていた。
「ね、直ったでしょ?」
「う……うん。
ありがとう、お……おばあさん」
にこやかに少女に言われて、目の前で起こったことが未だ理解しきれないでいるだいちは、そぞろに謝意を告げるのみだった。
「ほっほっほっ、礼にはおよばんよ」
満足げな顔をして手の道具を再び袖の中へ片付けたおばあさんは、もといた場所へもといた通りに正座した。
「待ってて、今、お茶いれてくるから……」
「あっ、そ……」
決してそっけないことを言ったつもりではないのだ。
ただ、張り切って立ち上がった少女に、だいちは早めにいとまを切り出したくて、つい昔に呼んだ名をこぼしてしまいそうになっただけなのだ。
“そらちゃん”
言いかけて、最初の一文字でなんだか照れくさくなり、のどの奥でつかえてしまった。
察してくれればよいのだけれど、と、おばあさんの空になった湯飲みをついでに取り上げてふすまの向こうへ消えてゆくそらを、どこかもどかしい気持ちになって見送るだいちだった。
「何年生だい?」
「あ、5年……」
「そうかい、そらとおんなじなんだねぇ、ほっほ」
何気ない会話をよこしたおばあさんにも、彼はでき損ないの笑顔を返した。
(そういえば、なんで僕、こんな所に来たんだっけ?)
半袖シャツを羽織りながらふとわいて出た疑問に頭をひねっていると、縁側のほうの障子がすっと開いて、何か灰色をしていて巨大な生き物が現れた。
それはあまりにも大きく、毛深く、とても恐ろしげな容姿をしている。
要するに、クマだった。
「ひっ!」
「んー?」
思わず悲鳴をこぼすだいちと、彼を見つけるクマ。
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