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鋭い野性の眼光と視線が重なり、どちらも固まった。
動物園で遠巻きでなら見たことがあるが、前足先が届きそうな近くで、しかも威圧的な立ち姿で出くわしたことなどもちろんない。
なぜ、こんな猛獣が民家で飼われているのだろうか、
なぜ、オリに閉じこめておいてくれないのだろうか、
様々な疑問が頭の中をぐるぐる巡って、だいちはめまいを覚えた。
「ん──がおお!」
「ひ────っ!!」
そのクマが、両前足を持ち上げて襲いかかってきたので、だいちは面食らってその場を飛び離れる。
ところが、何とも不運なことに、逃げようと振り返り、駆け出した眼前に和だんすが待ち構えていたのだ。
「がっ……!」
ごん、と、ひたいから鼻を抜ける強烈な音がして、視野が一瞬で暗転する。
「あ……やっべ」
「きゃ──!
おとーちゃん、何してんのよ!」
「わりぃ、ちょっとおどかしてみたんだよ……」
遠ざかる意識の中、あわてふためくそらと、誰か男の声がした。
部屋の明かりらしき光のみが最後まで視界の中にちらついていたが、やがてそれも闇に溶け、だいちは気を失った。
目覚めてみると、車の中らしかった。
「ん……んん、お母さん……?」
だいちは後部座席から運転席の母へ声をしぼり出す。
「あら、起きたの?
もうすぐお家だからね、おでこ、痛くない?」
彼女はおさげ髪をゆらして言った。
ひたいに手をやれば、四角いばんそうこうらしきがでかでかと貼り付けられていて、触れればまだうっすらと痛みが現れ、こぶの大きさがうかがえた。
SUVの車窓から外をながめれば、もう日も落ち切っている。
それにしても、あの生き物は何だったのだろう。
お化けの正体は、“あれ”だったのだろうか。
「クマって……あんなに大きかったんだ……」
「え?
何?」
気だるくぽつりとつぶやいただいちの言葉に、母が不思議そうに聞き返したが、未だ半眼の彼はそれ以上を話せなかった。
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