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翌日、学校内で一度だけそらに声をかけられはしたが、話はもっぱら体調のことに終始した。
一晩考えてみたものの見間違いということもあるし、彼女の見事な蹴りを思い出せば、“お化け飼ってたり、する?”などと、とてもこちらから聞き出せる事柄ではなかったのだ。
何より彼女自身、無理には話したくないようなそぶりだった。
この日は雑用で遅くなり、下校の間に5時を過ぎてしまった。
空の青さが次第に沈み、風にも秋のすずやかさが混じる。
「やあ、だいち君」
警察署の前を通る時、庁舎から出てきた男性に声をかけられた。
長身で短髪、藍染めの作務衣(サムエ)という出で立ちで、鋭い目つきながら人の良さそうな面立ち。
どうも見覚えがないので、こちらが立ち止まって小首をかしげていると、男性はかついでいた大きめのバッグを開け広げつつ言う。
「ああ、そうだよね、
分からないよね、ちょっと待っててねー」
彼が取り出したものを手早く身にまとうと、だいちの前にコメディアンっぽいしぐさをして立った。
「はっ……!」
昨日の記憶が即座によみがえり、浮き腰になって男性を見上げるだいち。
そこには、まごう方なき巨大なクマがいたのだ。
つまるところ、お化けの正体は着ぐるみということだった。
「オレ、懸河(ケンガ)って名前。
そらのおとーちゃんだよー、よろしくねー。
いやあ、昨日はごめんねー。
まさか、あんなに驚くとは思わなくてさー」
癖なのか、あるいはこちらを気づかってのことなのか、彼は話している間も変にかわいげなポーズをくり返していたが、だいちも、子連れの女性やスーツ姿の男性といった通行人たちも、皆一様に驚き顔を向けるだけだった。
「ウ……ウーマ……」
「はは、え?
ウーマ?
もしかして、UMA?
ビッグフットじゃないよー。
ハイイログマだよー、グリズリーともいうよー」
「なんで、クマ……?」
「ああ、オレ、ここの署長と親友でさー、時々ここの道場に、このカッコで出稽古に来てるってわけ。
けっこう人気なんだよー」
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