◆赤手空拳

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   翌日、学校内で一度だけそらに声をかけられはしたが、話はもっぱら体調のことに終始した。    一晩考えてみたものの見間違いということもあるし、彼女の見事な蹴りを思い出せば、“お化け飼ってたり、する?”などと、とてもこちらから聞き出せる事柄ではなかったのだ。 何より彼女自身、無理には話したくないようなそぶりだった。    この日は雑用で遅くなり、下校の間に5時を過ぎてしまった。 空の青さが次第に沈み、風にも秋のすずやかさが混じる。   「やあ、だいち君」    警察署の前を通る時、庁舎から出てきた男性に声をかけられた。    長身で短髪、藍染めの作務衣(サムエ)という出で立ちで、鋭い目つきながら人の良さそうな面立ち。 どうも見覚えがないので、こちらが立ち止まって小首をかしげていると、男性はかついでいた大きめのバッグを開け広げつつ言う。   「ああ、そうだよね、 分からないよね、ちょっと待っててねー」    彼が取り出したものを手早く身にまとうと、だいちの前にコメディアンっぽいしぐさをして立った。   「はっ……!」    昨日の記憶が即座によみがえり、浮き腰になって男性を見上げるだいち。 そこには、まごう方なき巨大なクマがいたのだ。    つまるところ、お化けの正体は着ぐるみということだった。   「オレ、懸河(ケンガ)って名前。 そらのおとーちゃんだよー、よろしくねー。 いやあ、昨日はごめんねー。 まさか、あんなに驚くとは思わなくてさー」    癖なのか、あるいはこちらを気づかってのことなのか、彼は話している間も変にかわいげなポーズをくり返していたが、だいちも、子連れの女性やスーツ姿の男性といった通行人たちも、皆一様に驚き顔を向けるだけだった。   「ウ……ウーマ……」   「はは、え? ウーマ? もしかして、UMA? ビッグフットじゃないよー。 ハイイログマだよー、グリズリーともいうよー」   「なんで、クマ……?」   「ああ、オレ、ここの署長と親友でさー、時々ここの道場に、このカッコで出稽古に来てるってわけ。 けっこう人気なんだよー」  
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