54人が本棚に入れています
本棚に追加
それから、しばらく時間がたった頃。
「ねえ」
ひとりベンチに座っていた雪乃の目の前に、鮮やかな茶髪の女性が現れる。
明るすぎるその髪色に、雪乃は一瞬だけ眉をひそめた。
「何ですか」
飲みサーの勧誘はノーセンキューだ。
「あのね、アタシ並木ギターの」
「いや、ちょっと興味ないんで」
面倒な話を押し付けられる前に断っておくのが得策だろう。
雪乃は苦笑いを浮かべ、適当に手を振った。
「人の話は最後まで聞かなきゃ駄目よ。アタシ福森夕紀子。名前なんて言うの」
「桜木…雪乃です」
夕紀子の勢いに圧倒され、思わず名乗ってしまう。
夕紀子は軽く頷いた。
「で、あんた音楽に興味は」
「ありません」
これ以上深入りされたくない一心から、とっさに雪乃は嘘をついた。
本当は高校時代から音楽活動に憧れてはいたのだが、面倒なので伏せておいた。
「あーそう。残念ね。じゃあちょっと話だけでも聞いてってちょうだい。どうせ桜木、あんたヒマでしょ」
雪乃に反論する隙すら与えずに、彼女の腕を強引に引いていく夕紀子。
良かれと思っての発言が、まさかこういう展開を引き起こすとは。
雪乃は、小さなため息をついた。
「聞いて!美少女ナンパしちゃった!」
嬉しそうに並木ギターデスクの部員に自慢する夕紀子の声を、背中でぼんやりと聞きながら。
最初のコメントを投稿しよう!