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  歯を食い縛って薄らと両目を開き、私は左側に立つ黒髪の女子と背の高い男子の方へ視線を向ける。 片手に黄金色の蝋燭立てを持ち、彼女等も両目を閉じて単調な呪文を口にしていた。 声も小さく聞き取れないその言葉に何の意味があろう。 得体の知れない恐怖に怯える中、私は彼女等が持つ蝋燭の火を凝視する。 揺らめく赤い波がまるで躍り狂う蛇の様に見え、やがて私の視界に黒い球状の影が現れた。 「あ、う……?」  気味の悪い光景を前に声も出ず、私は蝋燭の火から出現した黒い球状の影を見つめ瞬きを繰り返してみる。 視力の方に問題は無い。球状の影は幻でも何でも無く、その場所へ確かに存在している物の様だ。 「おーいこら、クルゥストゥス! 私達が呼んでいるんだぞ、早く来ーい!」  影の大きさもピンポン玉と同程度。充分に目視出来るサイズでありながら、周りの誰もそれに気が付いていない。 「これで神様が降りて来る訳無いだろう。やっぱり嘘じゃないのか」  背の高い男子の声が耳に届く中、やがて黒い球状の影は弧を描いて緩やかに飛び、真っ直ぐ私の眼前に向かって移動してくる。 身に染み着く恐怖から、迫る影を前に顔を背く事も出来ず、私は目の前にまで移動し音も無く漂う黒い球状と対峙した。 「主は、供物、天子、賜る」  不意に黒い球状の影から嗄れた老人の肉声を思わせる低音が響き、影の中から大小無数の赤い目玉が姿を現し、真っ黒な瞳孔を動かして目の前に居る私の顔を覗いた。 私の存在を認識し、球状の影に浮かび上がっていた目玉の一部分が消え赤紫の巨大な口を開き、茫然とする私を見つめて無気味に笑い声を発する。 「……嫌ああっ!!」  恐怖に屈した私の悲鳴と重なり、大小無数の目玉と巨大な口を形成したまま球状の影は楕円形に変わり、直接此方の目に向かって飛び掛かってきた。 両手を縛られ抵抗も出来ず、顔を伏せて逃れる前に黒い影は下部から極細の黒糸を伸ばし私の瞼を強引に抉じ開け、眼窩の中に身を滑らせ侵入を行う。 「い、嫌っ! 入って来ないで!」  頻りに顔を振るい、黒い影へ抵抗する此方の言葉に耳を貸さず、相手は私の目を通って身体の中へと入り込んだ。 左目に疼く様な痛みが走り溢れ出た温かい何かが頬を伝っていく。 恐らくそれの正体は血液だ。 「嫌だ、死にたくない……」  頬を流れる生暖かい液体を拭う事も出来ないまま、私は地に伏せ、耐え難い苦痛に呻き声を漏らす。  
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