9/12
前へ
/60ページ
次へ
  クルゥストゥスが本当に憑依しているのかどうか、彼等も疑問に思っているのだろう。私の正面に立ち覗き込む二人の女子学生達も猜疑の目を此方へ向けている。 痛みと恐怖に耐える私の耳元に口を寄せ、紗輝は次の質問を出した。 「真弥が知る筈の無い質問を出せば、クルゥストゥス様が本当に降臨しているのか、はっきりするだろう。では……次の質問です。俺の、新しい恋人の名前は何と言うのでしょうか?」  悪意に満ちた笑みを溢し、私の耳元から口を離して彼は表を此方の手元に引き寄せる。 助けを求める様に女子学生達の顔を見上げ、表の上に置かれた私の右手が震えた。 知っている訳が無い。 彼に新しい恋人が出来たとか、そんな噂も学校では訊かず、私自身も彼の事を必死で忘れようとしていたのだ。 クルゥストゥスが憑依していると誤魔化す手段も思い浮かばない。 「あぎっ!?」  無言のまま紗輝は私の髪を握り締め、顔を地面の上に叩き付けてくる。 焼ける様な痛みが顔に伝わり、頬を擦り剥き傷んだ鼻孔から一筋の血が流れ落ちる。 「早く答えてみせろよ! クルゥストゥス様が憑いているんだろう!?」  私の呻き声を掻き消す様に大声で怒鳴り散らし、紗輝は私の眼前へ表を近付けた。 荒れる彼に気圧されているのか、周りの誰も紗輝を止めようとはしない。 「クルゥストゥス様への無礼に当たる」と言った注意を発しない所を見れば、きっと誰しもが、私の身体にクルゥストゥスが憑依していないと気付いたのだろう。 「やっぱり嘘か。だよな……お前の事だから、何が何でも助かろうとする事位は考えられるか」  もう一度地面の上に私の顔を叩き付けて、紗輝は漸く髪から手を離した。 赤茶けた地面の上に顔を着け視界も真っ黒に染まる中、後頭部へ気味の悪い感触が伝わり、次第に重苦しい痛みへと変じていく。 「──言ったよな。真弥、不都合な事を言い出せば、お前を心身共にずたぼろにしてやるって」  恐らく紗輝は私の後頭部を踏み付けている。 鈍痛と鼻腔にまとわり着く血の感触から息苦しさを覚えても、全身を押さえ込まれた今の状態ではもがく事さえ出来ない。 「そうだな。身勝手な嘘吐きさんには先ず、恥ずかしい思いでも……してもらおうかな」  彼の語る恥など、全く気にならない。 ──死。 暗闇に染まる私の視界を、“死”の赤文字が躍り狂う。 ……このまま痛め付けられれば私は死ぬ。紗輝達に殺される。  
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加