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  「何で目から血が……?」  出血は左目だけに止まらず、鼻の下にも一筋の血痕が残っている。 顔も身体も傷だらけだ。一体あの場所で何があったのか。 記憶を引き出そうとしても偏頭痛がそれを遮る。 「──どうして、何も思い出せないの」  傷付いた身体を覗き、気を落としながら私は血痕や土で汚れた制服を脱ぎ、狭い浴室の中でシャワーの温水を背中に受けながら、ずっと白の世界に閉じ込められる以前の事を思い出そうと思考を働かせた。  学校から帰宅して、私服に着替えようとクロゼットを開けた所までは覚えている。 それから白の世界に閉じ込められる間迄、ごっそりと記憶が抜け落ちていた。 その間に起きた出来事を思い出そうとしても、危険信号を発信する様に私の脳裏で“否”と“嫌”の赤文字が大きく明滅し、視界を覆い尽くす。 「あう、う……」  それと同時に偏頭痛も激しくなり、頭を抱えて私は息を荒げ、消えた記憶についての追究を停止させる。 このまま続けよう物なら、偏頭痛と同時に襲い来る胸焼けと共に、私自身も理解不能の激情から意識を失ってしまうかもしれない。 「真弥。貴女、本当に大丈夫なの? 学校で虐めにあっていない?」  思考を停止させた事で偏頭痛も収まり、洗髪を済ませた所で洗面所の方から母の声が聞こえた。 帰宅するなり、碌(ろく)に会話を交わさないまま、浴室に姿を眩ました私の事を気に掛けてくれている。  母と子の関係を考えれば、それも至極当然の事であるが、何故か私の胸中には安堵の気持ちが湧いてくる。 その理由もよく分からない。安らげる環境に居られる事で感じられた至福の念からか。 再び私は涙を溢れさせ、小さく嗚咽の声を漏らしながら、繰り返し私の名前を呼ぶ母親に向かって感謝の言葉を口にした。 「ううん、私なら大丈夫だよ。有り難う、お母さん……」  きっと私の泣き声も、シャワーから流れ出る温水の音に掻き消され、洗面所の前にいる母親には届いていない筈だ。  母の声に続き、夕食の準備は出来ている。着替えが済んだら早く食事を摂りなさい……という父の伝言を聞き、私はもう一度感謝の言葉を述べながら、身体の怪我にもう一度目を通した。  両腕と両脚に何かで縛られたかの様な痕が見え、腹部や背中の一部にも痣が残っている。 雑木林の中で身体を強く打ち付けたのだろうか。 温水を浴びる事で走る痛みに眉を寄せながら、私は腹部に残る痣に手を当てた。  
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