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軽く指で触れた程度だと、特に痛みを発する事は無い。
見た所、腹部に着いた痣の正体も唯の打撲傷の様だ。
「もう考えるのは止そう。どうせ何も分からないんだ」
そう決め込むと私は直ぐに沐浴を終えて、母が用意してくれた衣服に着替え、リビングの方に戻る。
洗面所から顔を出すや否や、両親もテーブルの前に座し、心配そうな眼差しで私の顔をじっと見つめていた。
「真弥、家を空けたまま、一体何処へ行っていたんだ?」
「お父さんも、貴女を捜しに外へ出ようとしていたのよ?」
両親からの詰問に目を伏せ、私はテーブルに置かれた夕食に手を付ける事無く、視線を壁に掛けられた時計へ動かす。
時間は午後九時を指している。恐らく、私が帰宅した時には既に午後八時半を回っていた筈だ。
両親が家に帰って私が居ない事を心配し、直ぐにも捜しに出ようとしたのだろう。
……其処へ、土で全身を汚し傷だらけになった私が帰ってきた。
家を空けて、夜遅くまで何処かへ出歩いていた私を咎めない筈は無い。
何故、外へ出ていたのか。何一つ分からない状態で、続け様に繰り出される両親からの問い掛けへ応じる事も出来ず。
私は蚊の鳴く様な声で相槌を打ち、ひたすら謝罪と反省の言葉を述べる。
「分かった。何も言いたくはないんだな?」
「……うん」
怪訝そうな表情を浮かべていた父も、私の心境を悟り口を閉ざして頬杖を付く。
私もその言葉に頷いて、目を伏せたまま手を合わせ、夕食を摂り始める。
「穣さん! 真弥に何があったのか、知るべきじゃないの!?」
母も父の言葉を快く思わず、目に涙を浮かべて強く抗議の言葉を口にする。
父も眉間を指で摘まみ、居間に飾られた仏壇を横目で覗き、そっと声を潜めた。
「梨恵……君の言う事も、真弥の事が心配なのも分かる。だがその事で一番混乱しているのは、真弥自身だ。真弥が自らその事について話してくれるまで、俺達も少し待ってみよう」
激情を抑え込み、冷静に振る舞おうとする父の言葉を前に、母は何も言い出せず、涙を拭いながら父と同じ様に居間の仏壇を覗く。
「大丈夫だ、梨恵。真弥は俺達の元から消えたりはしない。信じよう」
涙を流す母の背を擦り、父も早く夕食を食べてしまう様に私へ促して、席を立ち居間の方へ去っていく。
夕食であるチキンライスを完食する前に、母から怪我の具合の確認と手当てをさせて欲しいと言われ、私も大人しくそれに同意した。
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