4/9
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
  何で、そんな不安ばかり煽る様な悍ましい(おぞましい)噂を笑顔で話す事が出来るのか。 怖がりの私には絶対に理解なんて出来ない事柄だろう。  身から染み出た恐怖を振り払いつつ、他の生徒達と共に私は校門を出て、真っ直ぐ帰路に着く。 中学校から自宅まで、徒歩で約十分以内。そう遠く離れていない長閑な住宅街の一角に私の家はある。 帰宅中、誰一人擦れ違う事も無く自宅の前に着いて鍵を開け、そのまま家の中に入った。 自宅へ帰る頃には、踊り場で訊いたクルゥストゥスの噂話も忘れて、私は安らぎの空間へ無事戻れた事に安堵し、玄関の照明器具を見上げて溜め息を吐く。  家族はまだ誰も帰って来ていない。共働きの両親が帰宅するのは、大体夜中の八時頃だ。それまでは私一人で洗濯物や部屋を片付けながら、両親の帰りを待たなければならない。  帰宅してから私は真っ直ぐ自室へ戻り、鞄を学習机の脇に置いて家事を片付ける為に、制服から私服へ着替えようとクロゼットを開ける。 中に掛けてある室内着のハンガーに手を伸ばした時、制服のポケットに入れていた携帯電話が急に鳴り始めた。 突然の事に背筋を伸ばし、びくりと身体を震わせて私は制服のポケットに手を突っ込む。 「え、何で……?」  自身の携帯電話を取り出し着信内容を確認して、私は全身が凍り付く様な錯覚を覚えた。 電話を掛けてきた相手は、私を「裏切り者」と罵った嘗ての幼なじみ。 電話帳から彼の情報も消去しているが、見慣れた電話番号から相手の正体を確信した私は恐怖の余り、携帯電話をベッドの上に投げ放ち、洋服を取り出さぬままクロゼットを閉め背中を合わせ、息を荒げて揺れ動く携帯電話を凝視した。  異性の親友として恋人未満として付き合っていた頃、彼は自身の事を嫉妬深く、恨みは絶対に忘れない性質を持つと語っていた事がある。 恨みのある相手には必ず報復しなければ気が済まない。  彼との縁が切れた後で知った事だが、彼の手に掛かり怪我を負わされた者の話や、対人関係に罅(ひび)を入れられた者の噂も耳にしている。 どの話も信憑性があり、私と離縁を言い渡す際に彼が見せた行動を省みれば、その様な行いも彼なら、いとも簡単にやって退けるかもしれない。  相手が何をしようとしているのか。それを考えるだけでも恐ろしい。  
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!