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  「ちっ……相変わらず、汚い女だぜ」  身に受けた物を拭き終えると、ティッシュペーパーを丸め庭先に投げ捨てて、彼は再び蔑む様な視線を私に向ける。先程まで彼が見せていた切ない微笑みも、目に浮かべていた涙も何処かに消えて、私の心には絶望だけが残った。 彼の言葉にまんまと騙され、手酷く暴行まで受ける事になり、私の身体は怒りに震える。 以前に訊いた相手の悪評を忘れ、彼を赦そうとした自身の甘さにも、少し憤りを覚えた。 「嘘だったんだ。あの涙もあの言葉も、皆……皆、嘘だったんだ」  悔し涙を流し、足下に吐き散らした流動物を見つめて私は声を嗄らして静かに呟く。 この言葉が彼に届いたかどうかは分からず、相手の視線さえも恐ろしく感じて顔を上げる勇気さえ湧いてこない。 「ああ、嘘さ。お前は俺を裏切った。それが赦せないから、こうして今……直接復讐しにやって来たのさ」  最初から彼は謝罪する意思を持たなかった。 全ては私を騙し徹底的に追い詰める為に、甘い言葉と巧みな演技を見せ、嘘を吐いて私を誘い出したのだ。 「何がなんだか……全然分からないよ。貴方の言う裏切りって何なの?」  彼がこうまで私への報復に拘る理由も分から ない。 離縁を言い渡された時、既に二人の関係も終わっていた筈だ。彼と私はもう無関係、恨む理由も恨まれる理由も無い。 ……それなのに、何故。今になって彼は、私に危害を加えに現れたのか。 「そう言えば、お前は自覚さえしていなかったんだっけな」  その場に蹲り、嗚咽の声を漏らす私の前髪を掴んで強引に顔を上げさせると、彼は私の顔を見据えて、声を潜め此方の問い掛けに耳打ちで答えた。 「何時まで経っても変えようとしない。変わろうともしないお前の根暗な性格の事だよ。俺と付き合う以上、少し位は理想に応えてくれたって良いだろうが」 「そんな理由で……」  彼の言葉を訊き、私は自身の性質と彼から言い付けられた事を思い出す。 性質とは言っても……私のは、周りの生徒達と比べてかなり地味な物だ。 派手な女子グループの様に街中に出て遊び歩く様な事もせず、家に帰れば家事を手伝い。それが終われば自室に籠って趣味の読書を楽しむ……所謂インドア派。 中学校でも目立った行動にも出ず、特に部活動もしていない。 周りのクラスメイト達も、きっと私の事を地味で大人しい女子生徒であるとしか見ていない事だろう。  
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