小説になってみない?

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雨の降る古い旅館。Sは一人で狭い部屋で外を眺めていた。と言っても外は庭が見える訳でも、空が見える訳でも、ましてや海が見える訳でもなく、ただ隣の旅館の外壁が見えるだけだった。それでも一応旅館の窓からなのだから、隣の旅館との間に植えてある松の木ぐらいは見えた。……松だと思ったのはSが樹木に対して興味も知識もなく、「旅館と言えば松かな」と思っただけだからだが。  まだ冬が終わったばかりの今の時期は、雨の日に窓なんて開けたら少し寒いが、構わずSは窓を開けて雨を眺めていた。ぽつんぽつん庇から落ちる雨粒、松の枝からしとしと続く雫、糸のような霧のような灰色の雨。  別に何を考えていた訳ではないが……いや、ぼんやりと、本当にぼんやりと考えていた。「私はなんでこんなことしてるんだろうなあ」  Sが一人で旅館にいる理由。それは簡単だ。一人で泊まりに来たからに過ぎない。ではなぜSは一人で、まだ十代の女の子一人で泊まりに来たのか。  自棄だったり、悔しかったり、少し悲しかったり。そんなよくある少女の感情からだった。Sは高校を卒業したばかりの十八歳。卒業……と言えば、学生にとっては卒業旅行なんかが定番なんだろう。Sは卒業旅行に誰にも誰からも誘われなかった。自分から声をかける勇気もなかった。  そもそも――友達三年間居なかった。それでもいじめは無かったし、特に友達が居なくて不自由もしなかった。Sはそれでいいと思っていた。友達はそんなに魅力的なものに見えなかったこともある。誰が誰の悪口を言っただとか、誰が誰ちゃんの好きな人だか彼氏だかと仲良くしてただとか。恋愛も人間関係も面倒くさい。そうだ、私にはそんなものいらない。いらない。いらないんだよ。無駄に馴合って擦れ違って、傷つけあって傷の舐め合いをして、それだけじゃないか。  まあ、それが青春だとか。一生に一度の思い出とか言うんだろうけどね。雨の落ちる速度に引き出されるように自分の中で呟いた。自分がなぜ一人で旅行なんて来てしまったのかは、もうとっくに気が付いていた。ちなみに、一人で旅行に行くと親に言ったときは心配もせずにお金だけ渡してくれた。バイトで「青春」やってる他の子からしたら、親から旅行費を貰えるなんて贅沢だよな。また心の中で呟く。
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