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エルみたいに『十年以上振りに電車に乗った』なんてコトは無かったけど。こんなに朝早い時間に殆ど活動しないから、
通勤ラッシュってのを俺は初めて体験した。
『捕まってろ』
エルに心の声で呼びかけられて初めて。
前から後ろから煽られるような人波の威力に気づいて慌ててエルの袖にしがみつく。
ホームで待ってる人はそれほど多くなかったのに。N線はホームドアがあって待ってるスペースが狭いから、通勤時間帯は並んでる列の終わりが何処か良くわからない。
エルとはぐれないようにしながら波に乗るように車内に雪崩れこんで何とか立ち位置だけは確保する。
皆トラブルにならないようにするために目も合わせないし、スマートフォンや携帯を見てる乗客が多いから、今のところエルには気づいてない。
声で気づかれないように心の声でやり取りをする。
『N線って確か俺がメジャーデビューした翌年に全線開通したんだ』
『そうなんだ。良く覚えてたね』
ドア近くの吊革に捕まってるエルの反対側の袖に捕まって。列車の揺れに身を任せる。
『俺も乗るのは初めてだ。凄く混んでるよなぁ』
『ゴメンね…もうちょっと早く出かけてたら此処までラッシュも酷くなかったかも。O線だと車両コンパクトだしもっと込み具合殺人的だと思ったからこっちにしたけど…10分しないで乗り換えだから我慢してね』
『謝るなって。ちょっと…こーいうのも面白い。――って言っても、まだ初めての体験ってだけで何でも楽しめてる状態ってだけなのかもしれないな』
ホント子供だな俺…って。エルの顔は見えないけど声で苦笑いしてるって解る。
ポイント切り替えの処でガタン、と一度大きく揺れて。
「ぅわ…」
よろけて思わず一歩足が動きそうになるけど。立つのもやっとなくらい混んでるから、つんのめるだけの俺に気づいたエルの腕が腰に回って支えてくれた。
「大丈夫かイチ」
「ありがとエル。平気だよ」
エルの親衛隊気取りで居るつもりが情けなくて一瞬凹むけど。
――あ、嘘…コノイトルン!?ホンモノ!?――
しまった。
エルの声に気づいた女性通勤客の心がダダ漏れに俺とエルに聞こえて。
凹んでる場合じゃないって直ぐ立て直した。
『ああ、バレたな』
気付かないフリしてエルはそれとなく女性客に背を向ける。
『エル。次で降りるから』
乗換混雑で少し時間かかったけど10分ちょっとだけ乗って、乗換駅の四ツ谷駅で降りた。
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