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「――ま。俺は今夜まで此処に居て。また大晦日まで家に戻るわ。コノイト君が出る歌合戦の時間帯頃に帰って来よう」
ぱすもんを買ったエルには申し訳ないけど、小野ちゃんに言われたとおり、会場へ向かう足はタクシーに変更して。
「ゴメンねエル…」
何時もと変わりばえしない移動方法になっちゃったから。
何も言ったりしないけどきっと残念だって思ってるはずの隣のエルに、ただ謝るしかない。
「オマエはまた…。何謝ってんだ」
『俺が電車で行きたいなんて言ったから、あんなに大量にポーカーカード持ってきてたんだろ?』
続きは、運転手に聞こえないように心の声だから。
『――エルはそんなコト気にしなくてイイの』
ホントは見つめ合って話したいけど。仕方ないからお互い窓の外に流れる景色を見ながら答える。
『御前こそ…そんなに気を遣うなよ。俺が困るだろ?』
『気を遣ってるんじゃないよ?年下さんに我儘言われたり甘えられたりして困るのを楽しむってのが、お兄さんとしての特権なんだから』
『年上のフリすんな。たった二か月しか変わらないのに』
聞こえる声のパターンからすると、向こう側の窓見つめてる後姿のエルは、可愛くむくれちゃってるに違いない。
『んふふっ。フリじゃないよ?そのたったの『73日』が俺達の間ではすごーく大事なの』
『もー何とでも言ってろ』
あー。二人きりだったら此処で今直ぐ抱きしめて頭を撫でこなでこ出来るのに。
「――そういえばアイダさんも今日劇場に居るって予定に書きこんであったけど」
エルは紫のPコートのポケットからスマホを出して画面を撫でながら、また声に出して話始める。
「え?――衣装担当って言っても、デザインと制作までだって聞いてたけど。着付とかメイクの担当はまた別に居るから、本番は初日だけ行くって聞いてたけど?」
「ほら…見てみろ」
って差し出してきた画面を並んで覗き込んだら。確かにスペースデスクの予定表の今日のアイダさんの欄に。
『某国立劇場『あらし』』って書いてある。
「ホントだ…」
理由は、会場に着いてから直ぐに解った。
「――あれ…颯ちゃんじゃない?」
某国立劇場の総合エントランスのドアを入って直ぐの、オペラ劇場へ続くプロムナード大階段の中ほど。
黒い細身のスーツでビシッと決めて。黒縁の伊達メガネを掛けて。コートを腕に掛けた颯ちゃんが人待ち顔で立ってるのを見つけた。
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