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一本小道に入ってしまったのが失敗だった。くねった道を進むと建物の背丈が低くなり、大通りの喧騒が徐々に遠ざかっていくのがよく分かった。地方の中心都市といっても、大通りから外れてしまえば想像以上に下町情緒が残っているものだ。辺りにはだんだん日本の伝統的な家屋が多くなってきていた。それでも私は特に不安を抱いてはいなかった。むしろ未知との遭遇に胸を高鳴らせているくらいであった。頭上の青空は高く、空き地では早くも緑がちらほらと見え始めていた。自転車のペダルを漕ぐと、懐かしい凛とした風も感じることができた。摩天楼が天を衝き、大地に腰を下ろし、排気ガスが蹂躙する都市部では、どれも味わえないものだ。
だけど、3時間ほども似たような道を行き来していれば流石の私でも飽きがくる。腹も減った。飯が食いたい。だが、ここにはコンビニのひとつも無さそうだ。高層ビルはすっかり遠くなり、瓦屋根の間からちょっと顔をのぞかせる程度である。私は自転車から降りて歩く事にした。
ここはどこだろうか。
いつごろ家に帰れるだろうか。
いい加減疲れてきた。
新天地を開拓するどころか、すっかり下町ジャングルに迷い込んでいる。トボトボと歩いていると雲行きが怪しくなってきた。雨に降られたらたまったものではない。急いで避難場所を探さなくては。
私が歩くにつれて、灰色の塀と土色の家々はぐんぐん大きくなる。それに反比例して私はずんずん小さくなる。まるで、不思議の国に迷い込んだアリスのようだった。暗い風が顔を撫ぜ、不吉な黒猫がミャアと鳴き、私を睨む。こんなに身も心も小さくなっては、あの黒猫を相手にしても勝てる自信が無い。戦略的撤退を決めた。どこからか子供の笑い声、泣き声が聞こえるがその実体を確認する事はできない。私はいよいよ不安になった。
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