人の価値

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めまいがしてしゃがみ込み、少年が目を開くと影があった。 下を向いている故、それが誰なのかはわからない。 ただその影は、少し疲れていた。 顔を上げるとそこには一人の青年が立っていた。 歳は二十歳すぎくらいか。その青年は背が高く、背の割に少し痩せていた。 短く切られた白髪を風になびかせながら、青年は口を開く。 「…俺を、殺してくれ…」 低い声で静かに言った。 少年は返事に困り、首を傾げる。 そして静かに首を、横に振った。 「無理です」 青年は期待していたのか、少年の返事を聞くと顔が青ざめた。 「頼む、殺してくれ…」 懇願する目で、少年に必死に訴えた。 しかし少年は意見を変えない。 「僕にはあなたを殺す理由がありません」 少年の言葉を聞くと、青年はひどく腹を立てた。 「俺は、俺は人を殺したんだぞ!たった一人の大切な存在をこの世から奪ってしまったんだぞ!」 必死に訴える。 「だから、殺してくれ!人を殺した罪として、俺も殺してくれ!」 青年が叫んだその言葉は、はっきりと少年の耳に届いていた。風に乗り、しっかり届いていた。 そして静かに 「僕には、関係ないので」 少年は青年に背を向ける。 「それに、僕は、」 善人は殺しません。そう言う前に、青年が動いた。 背を向けた少年の首筋を狙って、持っていたナイフを振りかざす。 少年は殺意を感じ、敏感に青年に反応した。 ―キンッ! 高く鋭い音が路地裏に響く。 少年は青年のナイフを自分の護身用で受けとめる。 青年の力は強く、少年は顔を歪ませる。 青年は涙を流し、少年に訴えた。 「…お願いだ!殺してくれ!」 声を詰まらせ、青年は少年を見る。 「頼む…!」 少年の額には汗が滲み、苦しげな声がかすかに漏れた。 少年は上手く後ろに下がり、体勢を整え青年を睨む。 青年は狂ったように叫び、ナイフを構えて少年に飛び掛かってきた。 「うああぁあぁ!」 青年が少年にナイフを振りかざした。鋭いそれを、少年に。 少年は唇を噛み、青年の腹に飛び込む。 少年の長く美しい刃に、肉を裂く感触があった。刃は深く、深く青年の腹に食い込む。 青年は持っていたナイフを落とし、口と腹から血を撒き散らしながら小さく、呟いた。 ―ありがとうな、 少年の耳に、確かにそう呟いた。 少年が刃を抜き、青年はその場に力なく倒れる。 俯せのそれは、もう動かない。 少年は頬から垂れる返り血を、服で拭った。 少し、喉が渇いた。
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