紅き獣が欲したモノ

10/13
前へ
/13ページ
次へ
 紅が視界に居座って、消えない。  千草は屋上に一人佇んでいた。  下校時刻をとっくに過ぎた学校は、夕焼けに染まっている。  学校という人の気配が常にある場所が静まり返り、独特なその雰囲気に飲まれそうになる。  意識を自分ではないものに、持って行かれてしまいそうになる。 「……おかしい」  誤魔化す為に呟いた言葉は、広い空間に思ったよりも大きく響いた。  紅が消えない。  一人の女子生徒が怪我をして流した、血。  いつなら視界に入った瞬間に、その場に立っていることすら出来なくなる。  その時は違った。  自分の中に沸き上がっ た感情は、歓喜。  普段の千草なら、ありえないことだ。  信じられない感情の動きについていけず、倒れ込み保健室に運ばれた。  それから二日たった、今。  千草の中で膨れ上がった歓喜は、欲望へと変化を遂げていた。  欲しい、と思ってしまう。  少女達の首筋が、少年達の手首が、薫る。  千草は自分が何を求めているのか、理解せざるを得なかった。  血の、紅。  何よりも遠ざけたいはずのモノを欲する。  今の千草は、細く研ぎ澄まされた理性によって留まっているに過ぎない。もし、この糸が切れてしまえば。  そこまで考えて、思わず震えた。  自分 が何をしてしまうのか、想像することが出来てしまった。 「……何故」 「こうなってしまったのか……か?」  響いて来た声に驚き、俯けていた顔を上げる。 「また……貴方ですか」  託徒が突然現れるのは、何度目だろうか。 「嬉しいか?」 「私が、そんなことを……言うと思いますか?」 「いいや」  千草の目の前に音も立てずに現れた託徒は、現実味に掛けている。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加