紅き獣が欲したモノ

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 託徒の黒髪が、白い肌が、夕焼けに染められ色を変えている。  千草はその色に、微笑に、心がざわつくのを止めることが出来なかった。  直視することが出来ず、俯き加減になりながら後ずさる。  千草の頭の中で警鐘が鳴り響いていた。  託徒に近づいてはいけない。  しかし、託徒は千草が後ろに下がった分だけ歩を進めてくる。 「近づか……ないでください。今は、貴方と話す気分では……」 「そんなことはいつものことだろう。……お前はいつも俺を避ける」  どこか憂いを含んだ声は広い屋上の空に吸い込まれる。  託徒から離れようと必死に足を動かすが、無情にも千草の背から冷たい感触 と金属音が響いた。  しまったと思ったがもう遅かった。  もう一度金属音が響き、千草の顔の横に託徒の両腕が置かれる。  はっとして、上を向けばすぐ目の前に来る託徒の端正な顔。  託徒は妖艶ともいえる笑みを浮かべ、腕の中に閉じこめた千草を見下ろした。  その黒い瞳には夕焼けが写りこんでいるのか、紅い色がちらついている。 「……どいて頂けませんか?」  広がる欲望を押し殺し、震える声で言う。 「嫌だ」 「……」  千草には珍しく、焦りと、驚きと様々な表情が浮かび、託徒の笑みをますます深くさせる。  ついていた託徒の左手が千草の目の前に差し出される。  強くなる薫りに目眩 がした。  それでも、繋がる細い糸をぎりぎりのところで保つ。 「……強情な奴だな。何故、堕ちない?」  千草の瞳を覗き込みゆっくりと言葉を紡ぐ。 「その衝動に身を任せてしまえば楽になれる」  千草は左手と瞳から逃れる為、ぎゅっと目を瞑った。  その言葉で千草はやっと理解のだ。  これは、この衝動は託徒の仕業なのだと。  そうだとするなら、これは三日前の物のが原因だろうか。  あの紅い飴玉の。  突如。 「……っ!」  千草は沸き上がるものに悲鳴を殺した。  その場の空気が、  託徒の纏う空気が、変わった。  逃げ出したい程の重圧と緊張が、千草に 伸し掛かってくる。  身体の震えが止まらなかった。目の前にいるのはいつもの託徒のはずなのに、違う生き物と対峙しているかのように感じる。
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