紅き獣が欲したモノ

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 屋上から見える空はまだ夏になりきれず、綿雲が並んで、青を彩っていた。  古い校舎の壁は太陽の光を受け、反射させている。  それを取り囲む木々は青々と繁り、校舎とは逆に精一杯に光を受け入れていた。  この春から夏に移ろう空の下。  深みのあるテノールと、感情の薄いソプラノが紡がれた。 「早坂」 「何でしょうか、氷上さん」  視線は下を向いたまま、揃いの制服を身に纏う人物へと問うた。 「何故、何も話さない?」  屋上の高いフェンスに寄りかかり、一人は足を揃え、もう一人は投げ出て座り込んでいる。 「簡単ですよ」  膝の上に置いた本に視線を置いたまま言葉を返す。  ページを捲る、乾いた音が大きく響いた。 「私が本を読んでいるからです」  男よりも、友達よりも、本や景色を見たりするのが好き。  それが千草(ちぐさ)だった。  花の高校二年生女子として、どうなのだろうかとも思う。  が、自ら積極的に事を起こさない千草は、一年生の時からすでにクラスでは浮いており、友達と呼べる人間はいない。  最低限の付き合いで過ごせるのであれば、それに越したことはない。 「俺と一緒にいるのに、連れない奴だな」  千草の関心も興味も、何も持っていないという声音に、託徒(たくと)がため息をついた。 「貴方の相手をするのは面倒です」 「本人の前で堂々と言う言葉か?」 「事実ですから」  悪びれた様子もなく、さらりと答える。 「具体的には?」  その千草に楽しそうに問うてくる託徒。 「今朝も女子伝統『体育館裏への呼び出し』という、大変貴重かつ無駄な経験を積みましたね」 「……俺のせいか?」  まごうことなき彼の責任だ。  千草は初めて託徒に視線を向ける。 「当たり前です」  とても男女二人きりの時にする眼差しではなく、冷徹なものだった。
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