紅き獣が欲したモノ

5/13
前へ
/13ページ
次へ
「……はあ……」  一人になった広い空間に、千草の溜息が霧散する。  やっと静かな空間が取り戻された。  その空間に溶け込むように、目を瞑り吹き抜ける風を感じる。  風の音、木々のざわめき、道路を走る車のエンジン、空けられた窓から聞こえる生徒達の声、校庭に出たの生徒達の声。  ゆっくりと感じ、心が落ち着くのを待った。  しかし、校庭の生徒達の声が急に色めき立った。  少年達の歓声と、絶望の声。  少女達の黄色い悲鳴。  せっかくの雰囲気を壊されて、気分も台無し。  千草はフェンスの隙間から校庭を覗き見る。  また、あの男だ。  彼はとことん千草の邪魔をしてくれる。  託徒が二人の少年と共に、校舎から出て来た。  託徒がコートの中に入り、一人と手を打ち鳴らし交代する。  校舎からは続々と少女達が出て来る。  託徒が参加することを知り、近くで見ようとしているらしい。  すぐにゲームが始まった。  白と黒のボールが人の足によって、行ったり来たりと忙しなく動かされている。  少女達は口々に応援の言葉を紡ぎながら、熱心に見つめていた。 「氷上ー!パース!!」  彼の上げたボールは、託徒の元へ飛んで行く。  高く上げられたボールを胸で受け、自分の足下へと降ろした。  また、少女達のあの姦しい悲鳴が上がった。 「……うるさい」  そう思っているのに、目が離せなかった。  味方からのパスを受け、すぐに走り出した託徒。  正確なドリブルによって敵に隙を与えず、あっという間にゴールの前に走り込み、シュート。  的確な蹴りを受けたボールは、ゴールキーパーを通り越す。  いっそう大きな歓声が少女達と同チームの少年達上がり、功労者の元へと駆け寄って行く。  当の本人はといえば、小さく笑顔を浮かべ周りにされるがままになっている。  相変わらず彼は人気だ。  託徒は容姿も良ければ、頭もいい。そして運動神経も抜群。  少女達が魅了されるのも無理はない。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加